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 ヴー、ヴー、ヴー、

 足元で何か振動するのに起こされて、うっすらと瞼を持ち上げる。カーテンはある程度を遮っているが、半分ほど開いているうえに、枠組みの上下左右の隙間からも光が漏れ出ている。
 今の季節は冬だ。だから差し込む光は弱く、部屋の中は薄明るい。それでも隣で未だ眠るななこの顔がよく見えた。仰向けで、少し口を開けた呆けた寝顔に自分の口角が上がるのがわかる。
 足元では未だに震えているものがあった。体を起こして、そちらを手で探る。見つかったのは自分のものではない携帯だった。液晶画面には”坂田銀時”と表示され、バイブレーションはなかなか止まらない。

 出てやろうか。そう思ったが寝起きに聞きたい声でも、話したい内容でもない。だから”拒否”のほうへ指先を滑らせて、遠慮なくタップした。
 待ち受け画面にはそいつからの着信やメッセージの受信履歴が何件か表示されている。もしかしたらななこが、昨日というより今日と表すほうがいいような時間に、熱を出しながら起きていたのはこれのお陰かもしれない。そう考えたなら、普段なら嫌な気しかしないがたまにはいい仕事するもんだと思えた。

 結局、銀時とはどうなったのだろう。ふとそんな疑問が浮かぶも、熱を出して寝ている相手にはさすがに聞く気にならない。
 連絡が来ているということはまだ関係は切れていない。それでもななこが自分の気持ちをはっきりさせられるだけのことがあったのだろう。なら、今にも切れそうなのを男側が必死に繋ぎ止めようとしているだけなのかもしれない。
 ななこが人との縁をすぐに切れるような奴ではないと知っているからこそ、恐らくそれが正解だろうと思えた。

 ななこの携帯は彼女の枕元へ置いてやり、自分のものを探す。近くに脱ぎ捨てたダウンジャケットのポケットに入れっぱなしになっており、時間を確認しようと画面を光らせる。そこには”10:16”と時間が表示されており、深夜に布団に入ったとはいえよく寝られたなと頭を掻く。
 はたと思い出してななこの額に手のひらを乗せて、体温を確かめた。布団に潜る前に触れたときよりは下がった気もするが、まだほぅっと熱いようにも感じた。

 眠る間際、熱を出した原因を聞くと”急に雨に降られたから”と言っていた。それはきっと昨日降った雨のことだろう。それなら発熱したのはこの何時間という間にかもしれない。
 もう薬は飲んだのだろうか。また薬を飲むなら何か腹に入れたほうがいいだろうか。気にはかかるも、その質問を投げかけたい相手は未だ目を覚まさない。
 あいにく熱が出た人の面倒を見たことがないので、どうしてやるのがいいのかもよく知らなかった。だから検索エンジンの検索窓に”熱”と打ち込み、下に続いた予測変換を選んで表示される結果を眺めた。

 そんなとき画面上部に、メッセージを受信したことを知らせるバナーが下りてきた。表示される名前は女のものだったが、それは数秒の時間を割いて考えるも顔が思い出せないような相手からだった。それでも連絡先を知っているなら関わりがあったということである。
 暫しの間、考えた。面倒くささから放ってきたが、ななこに他の男との関係を切るように迫っておきながら、自分が節操なく関係を持った過去を今に持ち越すのはいかがなものか、と。
 まず開いたのは電話帳。上から順に必要のないものを消していく。そのタイミングでななこが寝返りを打ち、眉間にシワを寄せていた。起きてはいないようで、また穏やかな寝顔へと戻っていく。
 それを横目に見ながら、通話機能も兼ね備えたメッセージアプリを起動する。これもまた上から順に、追加されているアカウントの名前部分を左にスライドさせて”ブロック”の項目を選んでいく。

 二度と離してやるものかとは思ったが、ななこにもそう思ってもらわなければ腑に落ちない。ならば不安要素は消しておこう。元より、彼女と会うようになってからはどれとも連絡はとっていないし、ましてやわざわざ顔を合わすこともなかったが。
 トーク履歴まで消し始めたあたりで、また隣で寝返りを打つ姿があった。今度はこちらに背を向けて、もぞもぞと布団の中に潜っていく。

 それを追いかけたく思って携帯を放り出しそうになったが、やはりこれだけは済ませてしまおうと画面へと視線を戻す。
 ーーーそんないつもより巡る思考に、自分の気分が高揚しているのが手に取るようにわかった。人と、しかも自分が欲しいと思った相手と気持ちが交わるのは、こんなにも嬉しく、満たされるものだと初めて知った。

 あの日は、ななこにとって最悪な日だっただろう。好きな男に振られて、その帰り道に輩に絡まれ、助けを求めた男には家に上がり込まれる。俺もそんな最悪なものの一部に過ぎなかったはずだ。
 ななこは優しすぎた。自分に向けられる言動を、いつだって両手を差し出して受け止めている。適当にしてもいい一部を丁寧に扱っている。そんな不器用で真っ直ぐな温もりに触れて、俺は確かに恋をしたに違いない。その答えを求めるために、正解か不正解かなどもう今となってはわからない色んな方法を選択し、ようやくここまできた。そして彼女の隣にいることを許されて、思う。

 もう恋なんかでは収まらないところまできているのだろうな、と。

 
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