【馴れ合いの情事】



こなしてもこなしても一向に減る気配のない書類の山にため息をつき、一日のノルマは達成したからと、凝り固まった肩をぐるぐると回しながら執務室を後にする。今日も一日お疲れさ〜ん≠ニ自分を労う独り言を呟きながら、本部内に宛がわれた自室へと続く廊下を行く。部屋の鍵を開錠し、扉を押し開けば、そこには一足先に仕事を終え戻ってきていたらしい赤毛の伊達男が、窓際に置かれたカウチに腰掛け書類に目を通していた。

「お疲れさん」

 お帰り、ジャン≠ニ、書類から顔を上げたルキーノが笑う。それに、片手をダラッと上げ、書類仕事は性に合わねぇなぁ…ただいま、ルキーノ≠ニ声を返したジャンが、ひょこひょことルキーノの元へ歩み寄る。手にした書類を前のテーブルの上に放り、ルキーノが近づいてきたジャンの腰を引き寄せ、顎を持ち上げる。それに、ふっと小さく笑みを浮かべたジャンが、僅かに身を屈め、ルキーノの唇に触れるだけのキスを落とした。


 ともに目覚めた朝は、おはようのキスから一日を始め、次に行ってきますのキスをして……。一日の仕事を終え、同じような時間に帰ってくることが出来れば、ただいまのキスをして………そして………。


 その日の汗や誇りを熱い湯で洗い流した後に待っているのは………熱く激しい愛の営み……。


 愛の営み=c…ねぇ…。はぁはぁと乱れた呼吸をゆっくりと治めながら、ジャンはコロリとうつ伏せに寝返りをうった。ふっくらとした枕を腕に抱き、ぽすっと小さな音を立てて顎を埋める。
 忙しい日々の中、時間を見つけては、当たり前のように口づけを交わし、肌を重ねる。求められれば嬉しいし、ルキーノとのセックスは気持ちいいし、あの逞しい腕に抱き締められるとほっと安らいだ気分になれる。そんな日々に別段大きな不満はなく、幸せだなと感じる……感じるのだが……。なんだか、最近……当たり前になりすぎたキスやセックスに、ちょっとだけ…なんとなくすっきりしないもやもやっとしたものがジャンの心を曇らせていた。
 チロリと、ベッドヘッドに背を預け、煙草を燻らせるルキーノの横顔を見上げる。相変わらず、整った端正で男らしい顔立ちしている。うん、男前だな≠ニ、そんな男が自分に好意を寄せてくれて、愛を注いでくれることに優越感を感じつつ…暇さえあればエロいことを仕掛けてくるルキーノに飽きねぇのかな?≠ニいう自虐的な考えが浮かんだ。

「なぁ、ルキーノ…」
「ん?なんだ?」

 ジャンの呼び掛けに、煙草の灰を灰皿に落としながら、ルキーノが傍らに寝そべるジャンの姿を視界に映す。まだ微かに情欲の色を残すローズピンクの瞳に、ドキッと小さく胸を高鳴らせ、ジャンはう〜ん、やっぱ聞くのやめよかな?≠ニ思い、だがしかし結局は躊躇いがちに口を開いた。

「アンタ、さ…なんで、俺抱くの?」
「…は?」

 ジャンの口から発せられた問いに、ルキーノの顔が盛大に歪められる。あぁ、そんな顔も男前だなんてずりぃ〜な〜≠ネどとどうでもいいことを考えながら、ジャンはルキーノから視線を外し、パタパタとシーツの上で小さく足を動かした。

「なんだ、その質問は。意図が全くわからんぞ?ちゃんと説明しろ」

 まだ半分ほど残っている煙草を灰皿に揉み消し、ルキーノが体向きをのジャンの方へと変える。

「それは何か?俺に抱かれるのが嫌になったとか、飽きたとか…そういうことが言いたいのか?」

 眉間にシワを刻み、ムスッとどこか拗ねたような不機嫌顔を作ったルキーノに、ジャンは違う違う、そんなんじゃなくて〜≠ニ、どこか落ち着きなくもぞもぞと身を左右に揺らす。

「その逆…っつぅか、アンタの方が俺に飽きたりしねぇのかな?って…思って…」

 最後の方は、聞き取れないほどの小声でぼそぼそっと告げたジャンに、ルキーノが呆れたように片眉を持ち上げため息をついた。

「さっき、あれだけ激しく愛してやったってのに、どうしたらそういう考えが浮かぶんだ?」

 そう問うたルキーノにジャンは、ぷぅっと小さく頬を膨らめると、だってよぅ≠ニ呻いた。

「時間と暇さえありゃキスしてエロいことして……むぅ…なんて説明していいかわっかんねぇけど、惰性?馴れ合い?そんな感じで手ぇ出されてたら…ヤダな……って…」
「俺がお前を“義務感”で抱いてるって?」
「………そこまでは、言って…ねぇ…」

 ルキーノが口にした“義務感”という言葉に軽く傷ついたような表情を浮かべたジャンに、ルキーノが優しい微苦笑を浮かべ、そっとジャンの髪をすく。

「カーヴォロ…ったく、ほっとくとろくなこと考えんな、お前は」
「うるっせぇっ…どうせ、俺はバカですよぉ〜」

 ツンと唇を尖らせぷいっとそっぽを向いたジャンの子供じみた仕草に、ルキーノはクククと小さく喉を震わすと身を屈め、そっとジャンの旋毛に唇を落とす。

「まぁ実際、最近忙しくて、キスとセックス以外の愛情表現を怠っていたのは確かだな」

その辺は、反省すべき点か≠ニ呟き、ルキーノがふむっ≠ニ何やら考え込むように顎に片手を添える。

「ジャン」
「…なんだよ」

 名を呼ばれ、ジャンがおずおずとルキーノを見上げる。

「一日でもいい。次に休み取れるのはいつだ?」

 ルキーノの口から発せられた問いに、ジャンはぱちくりっと瞳を瞬かせた後、ぱぁっと表情を明るくして、勢いよく身を起こした。

「えっ、あ…えっと、明後日は市長との会食が入ってて…あとは…」

 ベッドの上にガキのように胡座をかき、両手の指を折りながら記憶の引き出しから己の予定を取り出しては確認するジャンを優しく瞳を細めたルキーノが見つめる。

「あぁ〜っと、ベルナルドに聞かねぇと確実なこと言えねぇけど、たぶん再来週なら1日くらい休みぶんどれると思う」
「なら、お前の休みに合わせて、俺も時間をつくる。久々に、デート≠キるか」

 ニッと男前に笑って見せたルキーノに、ジャンはうっすらと頬をピンク色に染めると、コクリと小さく縦に振る。

「よし、決まりだな。行きたいとこ、考えておけよ」

 照れ臭そうに瞳をさ迷わせるジャンのこめかみにキスを落とし、ルキーノはそっとジャンの細い顎を持ち上げ唇を塞ぐ。

「ふぅ…ん、ぁ…」
「ジャン…お前との関係を馴れ合いにするつもりはねぇよ」

 キスの合間にそう告げれば、ジャンは情けなく眉尻を下げ、変なこと、言ってごめん≠ニしゅんっと肩を落とす。


 俺とお前の間に、馴れ合いの情事≠ネんてものは存在しない。ジャンの唇を深く塞ぎ、ルキーノはその細い体躯をシーツの上に押し倒す。

「お前の反応はいつも可愛くて新鮮だからな…」

飽きる要素が見つからない≠ニ笑ったルキーノの大きな手が、ジャンの肌の上を淫らに這い出す。その熱を孕んだルキーノの手がもたらす刺激に、微かに息を詰まらせ弾ませながら、ジャンはルキーノの広い背へと腕を回す。

「ん…俺も…。アンタとのセックスって麻薬みたいだかんな…飽きる以前に、もう依存症……みたいな?」

 紡いだ言葉の照れ臭さに、語尾を持ち上げ誤魔化したジャンに、ルキーノはそりゃ、こっちのセリフだ≠ニ言ってセクシーに口端を持ち上げた。


【終】


佐雨 里月



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