※こちらは2011.06.10ワンド公式スタブロのユリウスお誕生日ネタに触発されて生まれた小話です。
ほんの少し設定を変えているところについてはご愛嬌。













「いやぁ、いっそ清々しいほどの見事な抹消っぷりだよねぇ」


言葉とは裏腹に、アルバロの声には自分たちのプレゼントの存在を綺麗に忘れ去られたことに対する怒りはない。むしろ笑いを含んでいやに明るい。彼が目を向ける先には、ルルが視界に入るやいなや一瞬にして彼女以外目に入らなくなった暴走スイッチの入ったユリウスと、そんなユリウスに抱きすくめられて真っ赤な顔であわあわとしているルルがいる。


「うんうん、この構図こそがユリウスくんとルルちゃんって感じだよね。そう思わない?殿下」

「ハイ、私もそう思いマス。二人の仲が良いことはとてもよい事デス」


人目を憚らず、おまけに見せつけられる側の迷惑も顧みずに幸せ空間を展開させている(主にユリウスが。というよりユリウスだけが暴走しているのは誰の目にも明らかである)場所に向けて、アルバロとビラールがにやにや、にこにこと各々見守る横ではラギが目が眇めていた。顔は横に背け、目の毒とでもいわんばかりにユリウスとルルを視界から外している。


「仲が良いってのはその通りなんだろうけどな、少しは人の目を気にしろって俺はあいつらに言ってやりてー」


そんなラギの言葉を拾ったアルバロが眉を上げた。


「おや、ラギ君ってば。なら遠慮なんてせずに言ってあげればいいんじゃないかな。ほら」


口端を持ち上げて不気味な三日月をかたどった唇でそう促しながら、アルバロは両手でラギの頭を左右からしっかり挟んだ。ぎょっとしたラギが文句を挟む暇もなく、アルバロによってぐいっと顔を正面に戻されたそのタイミングで目に入った光景に、思わずラギは喉の奥で低く呻いた。


「さすがユリウス君、ルルちゃんを押しきっちゃったねぇ」

「やはり、ユリウスを一番喜ばせてあげられるのはルルだけデス」

「うんうん、ルルちゃんの唇がユリウス君にとっては最高の誕生日プレゼントだろうねぇ」


あてられたように硬直するラギに追い打ちを掛けるように『ルルちゃんのくちびる』を明らかに強調して、アルバロはにやりと笑う。


「〜〜〜っ、おまえら!ってか、ユリウスだユリウス!そういうことは二人の時にしろっつーの!!……っ、聞けぇぇぇぇぇ!!」


絶叫し、ぜいぜいと肩で息をするラギのその沸点をつついた当のアルバロは、ひとしきり笑ったあと「おや?」と首だけで後ろを振り向いた。


「あれ、エストくん。どこ行くの?」

「…………」


アルバロには背に目でもあるのか。
そんなことを疑いたくなるほど絶妙なタイミング――この騒ぎに付き合いきれないとばかりに、この場から離れようと足音と気配を忍ばせてエストが出口へむかっていたところへ水を向けられたのである。正直この口の上手い年長者達のからかいの対象になるのはごめんだと思っていたところだったが、時を計り間違えてしまったらしい。どうあっても無駄な足掻きらしいとそう察する。ここで下手なことを口にすればラギの二の舞だろうと、エストはユリウスとルルに関してはあえて沈黙を守ることにするが、溜め息だけは禁じえない。


「ため息は幸せを逃すってよく言うよ?エストくん」

「迷信でしょう」


そっけなくアルバロにそう言葉を返してやった後で、なぜかビラールが真剣な顔をして自分を見ていることにエストは気づいた。あまり良い予感はしない。


「イイエ、エスト。ため息は疲れや苛々の表れなんデス」

「……」

「そんな時は、デス」

「…………」


心底、良い予感がしない。なんとなくビラールが言うであろうことを予測してそう思い、そして案の定。


「元気で、幸せな人から、元気と幸せを分けてもらえば良いんデス!」


さも良いことを言ったという顔でにこにこと朗らかに笑うビラールから、エストはさっと視線を外した。
つまりビラールは目の前で仲睦まじくしているユリウスとルルからという意味で言っているに違いない。
冗談ではない。あまり関わり合いになりたくないというのに。そもそもどうやって。
脳裏に浮かんで消えるそれらに、エストは目を伏せて溜め息をついた。


「あぁ、エスト!下向きの溜め息もダメデス!」

「………………」


あぁ、本当に本当に、どうしろというのだろう。早くこの場から解放されたいだけであるのに、なぜこんなことになるのだろうか。エストの溜め息の数は重なるばかりだ。
我慢できなくなったとばかりに笑い声を立てるアルバロには眉が寄るが、それさえ届いていない二人の世界を形成しているユリウスとルル(こちらはむしろユリウスで手いっぱいという感ではあるが)には呆れてしまう。


「誰か、助けてくれ……」


まるで自分の心を代弁してくれたかのようなか細い一言に、エストはいつもとは打って変わって静かだったために忘れていたノエルの存在を思い出した。


「……ノエル」


隅を陣取り、壁に向かって膝を抱え顔を埋めて哀愁を漂わせている彼を見つけてその名前を呼んでみるが反応がない。
そういえばある意味今回、ノエルは自分やラギ以上に精神的にも肉体的にも痛手を受けたのだったとエストは思い出す。そっとノエルの手を見やれば、エスト自身がユリウスにやったはずのスグトレール・マジッククロスがしっかりと握られている。
先程ユリウスが「何に使うんだろう、意味がわからない!」と首を傾げた直後、ルルにまっしぐらに向かっていく際宙に投げだされたマジッククロスは、どうやらノエルに拾われ有効活用されたらしい。


「…………め」


何やらぶつぶつ言っている言葉を拾おうと耳を澄ませば、「えぇい、ユリウスめ」とノエルが呟いている言葉が耳に入る。
やれあの実習の時は僕にかけた動物が寄ってくる魔法の解除を忘れて近くを通りかかったルルに向かって行ってしまってしばらく動物たちに追いかけ回されて大変な目にあっただの、食事の時はルルに駆け寄るユリウスにぶつかられてランチがひっくり返って台無しになっただの――さすがにエストでさえノエルに少し同情したくなる。


「ノエルは色々大変なんデスネ」

「ユリウスくんが何かやらかすとそのたびノエルくんといえば被害者的役回りだからね。なぜかとばっちりはいつもノエルくんに向くから不思議だよね」

「……僕にはあなたが意図的にそう仕向けているように感じることが度々ありますが」

「えー?何か言ったかな、エストくん」

「…………別に、何も。空耳でしょう」


ふぅ、と何度目かしれない溜め息をエストが吐いたとき、それまで体育座りであったノエルがすっくと立ち上がったので目を向ければ、彼の瞳はある決意に燃えている――ように見えたが大抵その類の熱意は空回るパターンで終わることを知っているので何とも言えない気持ちになった。


「今日こそ許さないぞ!ユリウス!今日こそ!今日こそは貴様に――」


目に物見せてやるといわんばかりの勢いでユリウスに詰め寄ろうとしたノエルの勢いは、振り向いてユリウスを目にした瞬間に風化したように見えた。正確さを求めるのであれば、場所を考えずに(主にユリウスが)いちゃいちゃしている(主にユリウスが)恋人同士の姿を認識した途端、だ。そういう方面にはてんで免疫のないノエルの反応はラギとそっくりである。


「うんうん、ラギくんと似た反応だよねノエルくんも」


どこまでもアルバロは楽しげである。
ラギはアルバロと距離を取った所でひとり苛々しているようだ。
部屋に引き揚げようとするもビラールに何だかんだと絡まれてそれもままならないらしい。ラギはわなわなとその肩を震わせている。


「おまえら、ほんっっっとにいい加減にしろーーーっ!!」


まるでエスト自身の言いたいことそのままを叫ぶラギに、エストはそっと目を伏せた。
計らずも今日という日はエストにとって、ノエルとラギに対する親近感がほんの少しだけだが生まれたような気がした。

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