「あ、これきり丸に買って帰ってあげよう」
 上気した頬で浴衣に身を包んだ半助は、そう言うと土産物屋に並んだちりめんの財布を手に取った。
「なんで財布なんだ」
「あいつ、銭が好きなくせして財布に構わないんですよ。容れ物に金かけるならその分貯めておく、なんて言って」
 半助の返答に、伝蔵は口の中で頷いた。
「しんべヱのお父上に話でも聞いてみればいいのに。金持ちは財布に気を遣うって、昔からの決まり事ですよ」
「そうか?」
「そうじゃないんですか?」
 山田家は決して貧乏ではないが、かといって裕福でもない。
 金持ちの間ではそういった慣習でもあったのか。だが、だとしたらなぜそれを半助が知っているのだ、と伝蔵は思う。
 そう考えて、そう言えば以前、幼少の頃夜討ちにあった半助の生家は豪族だった、と聞いたことを思い出した。
 正確には、自分の家が豪族であったなだとと半助が語ったわけではない。だが、半助の言と忍術学園の調べにより、どうやらそうだったらしいということが分かっただけだ。
 なぜ忍術学園がそんなことを調べたかというのは、半助が教員として採用されるにあたっての素性の調べによるものだが、その辺りの話は割愛する。
 ちらりと横目で半助を見れば、どの柄がいいか、大きさは、等と至極楽しげに物色している。
 湯上がりのその頬は、丸みを帯びたシルエットと相まって艶やかだ。
 ふと、夜討ちになどあわず忍にもならず、そのまま裕福な家ですくすくと育ったら、その艶やかさは湯上がりでなくとも常に半助の頬に纏われていたかもしれない、と考えた。
 少なくとも、しょっちゅう四年の髪結い師に怒られている髪の毛は、もう少しまともだったに違いない。
「それがいいんじゃないのか」
「はい?」
「その、紺に白の」
「ああ、葉菊ですね」
 半助の言う葉菊とは、群青に白を合わせた配色の名前だ。伝蔵はきり丸の髪色からこの色合いが似合うと言ったのだが、半助もそれに同意したらしく、じゃあこれにしますと言って手に取った。
 そうして手にとって買いに向かうのかと思えば、そのまま何かを期待するような目で伝蔵を見つめる。
「……まさかあたしに買えって言うんじゃないでしょうね」
「違いますよぉ!」
 まさか、という顔で半助はぶんぶんと手を振る。
「そうじゃなくて、きり丸に似合うのがこの色の合わせなら、私に似合うのはどれかなぁと」
「自分の分も買うのか?」
「いいえ。ただ、山田先生がもし私のを選ぶとしたら、どんなのを選ぶのかなって」
「…………」
 期待に満ちた眼差しで、選んで下さいと言わんばかりの半助の視線を受けて、伝蔵はいくつか並ぶ色の取り合わせから、一つを指差した。
「あれじゃないか」
「ええ? 雪の下? こんな可愛らしいのですか?」
 伝蔵が指差したのは、中紅梅に白の取り合わせのもの。つまり、分かりやすく言うなら白ピンク。
「なんでこれなんです?」
「さあ、なんとなくだ」
 本当はなんとなく、なんて曖昧な理由ではなく、ただ、上気した半助の頬と白の浴衣の取り合わせからそれを選んだだけだった。
 そのコントラストが日の下でなまめかしく、一瞬生娘を見ているようだと伝蔵は感じてしまった。
 ただ、それを伝えたら、まるで自分が何かよからぬ目で半助を見ているようだ、と言わんばかりなので、伝蔵はその理由を誤魔化した。
「ふーん、なんか、山田先生が私のことをどう見ているか分かった気がします」
「はい?」
 不満気な声を漏らす半助に、まさか、今ので自分の思惑が筒抜けになったのか、と伝蔵は半助の顔を見る。
 相変わらず桃色に染めた頬で見上げてくるものだから、伝蔵はますます何か倒錯的なことをしているかのように感じてしまう。
「こんな可愛らしいの、三つ四つの子供に選ぶでしょう。だから、いつまでたっても私って、山田先生にとって子供みたいなものなのかって」
「ああ……そういうことか」
 子供どころか、最近では同僚とか同性とかそういう境目すら曖昧になってきている、と伝蔵は心の中で独りごちた。
 もっとも、そう思ってしまっているのは伝蔵の側だけのはずなので、それを口にすることは絶対にない、とも思っていたが。
 ここ一年くらいのことだ。この土井半助という男は、色を覚えたのか恋でもしたのか知らないが、妙に色っぽくなった。
 六年前に出会ってから以降、そんな目で見たことのなかった伝蔵は、同室であり同僚であるこの男の変化に大層戸惑った。
 とはいえ、二人の関係が信頼の置ける同僚という立ち位置から変わるはずもない。変えるつもりも、ない。
 伝蔵に出来ることと言えば、無意識に色気を振りまくこの男がよからぬ輩にたぶらかされないよう、せいぜい気をつけて見てやる程度だ。
「……別に、子供扱いしたつもりはないんだがな」
「当たり前ですよ、されちゃ困ります。いくつだと思ってるんです」
「ええと、23?」
「25です」
「はあ、ついこのあいだ二十歳になったと思っていたのに」
「あのぉ、山田先生と初めて会った時、私もう19だったんですけど?」
 そうだったか? と伝蔵は内心首を捻った。
 そういえば、六年前のあの日、空から降ってきた半助を見て、伝蔵は初め学園の生徒と変わらないくらいの年頃だと勘違いしたことを思い出した。
 丸顔の上童顔のこの男を、せいぜい15、6だと思って匿ってみれば、19だと言うので大層驚いた。
 そうだ、そういえば19だった。それから六年なのだから、25。そうか、自分も年を取るはずだ。
「男は30からだぞ半助」
「それ、この間野村先生にも言われました」
 苦笑しつつ半助はちりめん細工の財布を二つ手に取ると、売り子に銭を手渡した。
「なんだ、結局両方買うのか」
「はい。記念ですし、きり丸とお揃いなのも悪くないかなと」
 まあ、言ったらあいつ絶対持たないので、内緒にしますけど、と半助は笑った。
「山田先生こそ、奥さんに何か買って帰らなくていいんですか?」
「ん? まあ、忍務の度に土産を買ってたんじゃきりがないからな」
「でも、奥さん喜ぶと思いますよ。そしたら多分利吉くんも喜ぶんじゃないかなあ」
「そうさなぁ……まあ、いいのがあったら買うさ。あれは結構好みが激しくてな、適当に買って帰ると余計に怒る」
「女性なんてそんなものでしょう」
 ほう。女のなんたるかを語るようになったのか、と伝蔵は歩き出した半助の隣で自分の腕を組んだ。
 これは益々、知らないうちに女の一人や二人出来たのかな、と伝蔵は下世話な勘繰りをしてしまう。
 いや、出来た方がいいのだ。散々色んな人間から嫁はまだかとせっつかれているのだから、せめて付き合うくらいはしておけば、周りも静かになるというものだ。
 好いた女がいるなら早いところ公言してしまえば、要らぬ見合い話を持ち込まれてその都度頭を悩ませる必要もなくなるのに、なぜそうしないのか、と伝蔵はぼんやりと考える。
「しかし、あれですねぇ……」
 要らぬ勘繰りをさらに膨らませていた伝蔵は、半助のその呟きで現実に引き戻される。
「いかにも、訳ありって方が多いですね」
「ああ」
 行き交う人々を横目で見ながら、半助はそう言って笑った。
 出張忍務という名目で訪れたこの温泉地に来る人間は、単純に湯治に訪れる客から、明らかに人目を忍んで訪れているであろう人々がいた。
 特に、大通りから少し外れたこの裏道には、露店や店は多いものの、そのどれもがどこか後ろ暗い雰囲気で、そんな雰囲気が、そういう客を呼び寄せるのだろう。
 人目を忍ぶ理由はそれぞれだ。
 明らかに人目を避けている様子の身のこなしが忍のそれである男、据わった目をした侍、どこか気品の漂う町娘風の格好の女に、ぴったりとついたお供らしき男たち。
 それから、腕を組んで身体を寄せ合う、男女。
「訳ありじゃないのは私たちくらいって感じですね」
「我々だって訳ありっちゃ訳ありだろう。忍務で来ているんだから」
「でもそれももう終わったじゃないですか。今はもうただの温泉客と同じでしょう」
 それはそうだ。じゃなきゃこうして風呂上がりにのんびり湯の町を歩き、土産物屋なんぞを覗くわけがない。
 硫黄の香りが漂う小道を、浴衣姿でただ漫然と歩く二人は、どこから見てもただの温泉客でしかない。
「……でも、どうですかね。私たちも訳ありって思われてるんでしょうか」
「さあなぁ。周りのことなんて気にしてないんじゃないのか」
「そうですか? 自分が訳ありだからこそ、あの人たちも同じかもって、気になるものじゃないですか?」
「……なら、あたしたちは一体どんな訳があるって思われてるのかね」
「さあ……どう見えてるんでしょうね」
 上気した頬のままで、半助はそう言うと小さくはにかんだ。
 そういう顔をすれば余計に訳ありに思われるんじゃないのか。そう思った伝蔵だったが、あえてそこを突っ込むことはしなかった。
「あ、山田先生、足湯がありますよ」
「まだ入るのか?」
「せっかく温泉地来たんだからなるべく入りましょうよぉ。出来れば全部」
「全部!? のぼせるぞ」
「のぼせたら、後はよろしくお願いしますね」
 そう言うと半助はこれまた楽しそうに一人先に足湯に駆けて行った。
 何がよろしく、だ。小娘みたいにはしゃぎおって。と伝蔵はため息をつくと、その後を追いかけた。



 湯に足を入れながら、機嫌良さそうに半助は鼻歌を歌っている。
 その隣で、伝蔵はぼんやりと、足湯から見える眼下の川の流れを眺めていた。
 こうしていると、だんだんと頭が呆けていきそうだ、と思う。
 だから温泉は気分転換にいいのだが、同時に忍としてはあまりよろしくない。
 研ぎ澄ませていた感覚は、硫黄の香りの熱い湯に溶けて、湯気と共に上っていく。
 隣に座る半助なんかは伝蔵以上に気を緩めっぱなしにしている。それでいいのか、と思うが、よく考えてみればこの男は、普段から自分の隣で忍らしからぬ様子で寝入るような奴なのだ。
 決して忍として優秀でないのではない。むしろその逆なのだが、どうも自分といると油断している時の方が多くないか、と伝蔵は思う。
 信頼してくれているのだろうが、もう少し気を引き締めても良いだろうに。
「……なあ半助」
「はい?」
「なんでそんなに機嫌が良いんだ」
「なんでって……楽しいじゃないですか、温泉」
「あんまりはしゃぐと本当にのぼせるぞ」
「もうのぼせてるかも知れないですけど」
 慌てて半助の顔を見れば、確かに先程よりもさらに頬の赤味が増しているかもしれない。
 湯気の中、半助は自分の頬に手をあてて、さすがにちょっと熱いですね、と呟いた。
「ならもう出たらどうだ。飽きる程入ったろう」
「でも、もう少し」
「せめて一度冷ませ。ずっと赤いままじゃないか」
「そうですね……でも、冷ましたら困るんです」
「……なんで」
「…………」
 伝蔵の言葉に、半助はただ目を伏せて静かに笑った。
 そうして足で湯を跳ねさせる様子は、まるで言えぬ秘密を抱えているかのようで、それこそ半助の言う『訳あり』のようだ。
 まさか、本当に秘密を抱えているんじゃないだろうね。
「……どうやったら、訳ありに見えるんでしょうね。私と、山田先生」
「……はい?」
 唐突な呟きに伝蔵は聞き返すものの、半助は答えずただ足元を見つめている。
 しばらく待っても半助が言葉を発することはなかったので、伝蔵は代わりに口を開いた。
「……もう、見えとるんじゃないのか、訳ありに」
「そうですか?」
「そうだろう」
「なら……いいです」
 ならどういう理由でいいというのか。とは聞かずにただ半助を見ると、半助は何が嬉しいのか、頬を緩めて空を仰いでいた。
 その顔を見て、初めて伝蔵は、半助の色気の正体に思い至った。
 そうか、そりゃあ、想い人の名前を易々と口に出来ないわけだ。
 さてどうしたものか、と伝蔵もぼんやりと空を眺める。
 流れ形を変えていく雲のように、半助の気持ちも移ろいでいくものかもしれない。だが、どうなるかなんて分からないのだ。伝蔵にも、おそらく本人にも。
 そしてそれは、伝蔵の側だって同じなのだ。
「半助」
「はい?」
「もう一日くらい居るか」
「いいですねぇ」
 散々湯に浸かってふやける頃だろうに、それでも半助は伝蔵の言葉に嬉しそうに頷いた。
 あと一日いたところで、二人が本当の訳ありになるのかどうかは、それこそ誰にも分からない。




温泉街のエトランジェ






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深夜に突発的に何か短いお話が書きたくなって、Twitterでリクを募ったところ、伝蔵と半助のお話をリク頂きました。(例によってさかなさん!ありがとう!)
私の中で伝半は聖域だったので果たしてどんなんが出来るかと思いましたが、こんなふわっとした伝半になりました。すみません。
伝半が聖域である理由は、ひとえに伝蔵が既婚者である、というところです。
おまけに奥さんにも半助は世話になっているっていうね。
いえ、それを踏まえた上での二人の禁断の関係にももの凄く惹かれるのですが、報われるのか報われないかでいったらなんだか寂しい結末しか自分の中で浮かばず、だからこそ聖域なんです……。
でもきっと、伝蔵に片思いするとしたら、半助は報われないの覚悟の上で、でもこんな風に二人でいられる日常に幸せを見出すのかなぁとか、そんなことを考えて書きました。

タイトルはこれまた好きなアーティストの一人(二人)であるキリンジの『温泉街のエトランジェ』から拝借しました。相も変わらず歌詞の当てはめはふんわりしています。
キリンジの曲もまあ色気漂うものが多いです。林檎嬢と違うのは、それ本当にふんわり香る感じなのが、またえろいのですが。
よろしければどこかで聞いてみて下さい。

2014/06/29 下落合める拝




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