少し考えてみれば分かることだったのだ。
 この二人が仲良く酒を飲み交わしていること自体がおかしな事態だったんだから。そこへ入って行けば問答無用で自分が巻き込まれることくらい、分かってもよかったはずなのに。
 ああ、きっと自分の危機管理能力は教師になった時点で衰えてしまったのだ、と麻痺し始めた頭の隅で、半助は思う。

「大木先生、野村先生! 今一体何時だと思ってるんです静かにし……」

 真夜中、三つ隣の部屋から聞こえてくる喧噪に耐えきれず、半助は寝間着のまま扉を開けた。
 今日は久方ぶりに元忍術学園教師の大木雅之助が、好敵手と公言している野村雄三の元へやってきていた。それはいい。それはいいのだが、この二人が顔を合わせると周りにろくなことがない。
 おまけに今日は随分早い時間から酒を飲んでいた。かれこれもう五時間。夕食後に部屋の前を通った時、ちらりと見えた二人の酒のペースを考えれば、分かるはずだったのだ。二人がどれだけ呑んで呑まれていたかなんて。

 扉を開けた半助は、その状態のまま硬直した。目の前に仁王立ちになっている二人の男。大木雅之助と野村雄三であるが、その二人の姿を目の当たりにして。
 なぜ、どうして。理解が出来ない。いくら酔ったからって、どうしてこうなっている?
 いや、ぱっと見にはなんらおかしなところはない。二人は部屋のど真ん中に鎮座した”樽”の日本酒を挟み、半助と同じく寝間着姿で、向かい合って立っていた。
 醸し出す雰囲気からは、二人が険悪であることが窺い知れる。にらみ合いぶつかる眼光、今にも殴りかかってもおかしくはない。
 それだけなら良かった。そう良かったのだ。殴り合いを始めたならまだ止める余地はある。

 分からないのはこれだ。向かい合う二人の、寝間着の合わせから、なぜ凶暴なまでにそそりたった一物が覗いているのだ。

 一瞬のうちに、半助の思考は宇宙の深淵まで飛んだ。なんで酒を飲んでいるはずなのにそんなにも元気なのか、という冷静な突っ込みから、あ、うん、チャンバラごっこかな、とかそんな下卑た逃避にまで及んだ。
 そうして二人のそれに釘付けになったほんの一瞬に、半助の運命が決まっていた。
 半助が戸を開けた事に気が付いた二人が、ゆっくりと顔を向ける。極限までぎらついた大木の目に射られ、いたたまれなくなった半助が視線をずらせば、隣の野村も、その切れ長の瞳にぞっとするほどの熱を宿している。
 ああ、まずい。これは多分、だめなやつだ。

「おい半助ぇ……ちょっと尻貸せや」

 あ、死んだ。



サービス〜前編・その男たち獰猛につき



「だからぁ、モノのでかさで言ったらどう見てもわしの一人勝ちだろうが! いい加減認めろこのクソメガネぇ」
「それだけで本当に女を満足させられると思ってるなら、話にならなすぎてちゃんちゃらおかしいと言っているんだこのらっきょう農家」
 ――ああ、どうして、自分はここにいるんだろう。
 ぎらついた目で下半身を露出した男二人を見て、次の一瞬には身を翻そうとした半助だったが、
 大木と野村の脅威の連携によって部屋に引きずり込まれてしまい、こうして二人の間に挟まれてくどくどと会話を聞くはめになってしまった。
 どうやら、議題は『どちらがより女を悦ばせることが出来るか』という心底ばかげているもの。
 どうしてこんな話になっているのか分からないが、覗き込んでみれば置かれた樽に二斗は入っていたであろう日本酒がもうあと僅かしか残っていない。つまり、それだけの量をこの二人だけで空けているということだ。
 恐ろしい。恐ろしい処へ来てしまった。部屋に帰りたい。帰ってすやすや眠っている山田先生の隣で自分も惰眠をむさぼりたい。
 なのに、この酒臭い猛獣たちは半助を離さなかった。正確には掴まれていたわけではなかったけれど、ぎらついた眼から放たれる殺気が、半助をその場に繋ぎ止めていた。
 だからプロ忍が酔うとたちが悪いんだって、と半助は内心盛大なため息をつく。

「おぉ半助、おまえもそう思うだろ? 見ろよ野村のナニのちっちぇぇこと」
「なんだとおい! おい半助、私のモノが小さいって言うのか!? あ!?」
「言ってません……言ってませんからお願いですから二人とも下履いてください……」
「結局おまえもナニのでかさが重要だって思ってんじゃねぇかタコ!」
「それも要因の一つだがそれだけじゃ馬鹿の一つ覚えだと言ってるんだ阿呆!」
 必死に小声で返した半助の呟きは、二人の耳に届いていないのかまったく聞き入られる様子はなく、
 大木と野村の二人は、未だに下半身を露出したままよくわからない議論を交わしている。
 ああ、もう、本当に帰りたい。自室はたった数間先なのに、それがもの凄く遠くに感じられた。
 そもそも、どうして自分がこの部屋に引き込まれたのだろう、と半助は床を見つめながら考える。さっき大木に言われた何か恐ろしい響きを持った言葉は聞かなかったことにした。

「んじゃおまえはどうやって女をよがらせるっちゅーんじゃ、おら言ってみろ」
「だから全ては前戯にあるって言っているだろうが! 挿れたなんだってのは最後のことでそれさえちゃんとしてれば女は悦ぶんだよ」
「ほー! んじゃおまえは自分のナニなんぞ使わなくてもあんあん言わせられるってのか」
「当たり前だボケ、その様子じゃおまえに喘がされる女は演技だな、間違いない」
「んだとコラァ!」
「あ、あの、ですから、夜中ですから、ね、二人とももう少し……」
「おい半助ぇ!」
「ひ」
 大木に睨まれて、しまった口を挟むんじゃなかった、と半助は後悔した。
「……おまえ、酒が足りてないと違うんか」
「へ?」
「そうだぞ半助、おまえももっと飲め。ほら、私が酌をしてやろう飲め」
「え、あの」
 戸惑う半助を余所に、野村は転がっていた平盃を半助に持たせ、樽から柄杓で酒を注ごうとする。
 というか、いつの間に自分は野村先生に下の名前で呼び捨てにされるようになったんだっけ、等と一瞬どうでもいいことを考えてしまった半助は、慌てて平盃を突き返した。
「い、いえ、あの、私は結構です! 二人とも、もういい時間ですから、そろそろ……」
「なんじゃぁ半助わしの酒が飲めんと言うのか!」
 うわあ、でたお決まりのこのセリフ。飲めんと言うんだよ。放っておいてくれ。
 なんて思ったところで口に出来るはずもなく、半助は丁重に断ろうと大木を制するように両手を挙げた。
「こ、今度ゆっくり頂きますから、ね? ほんと今日はもう遅いですし」
「明日は休みなんだろうが、問題あんのか?」
「あの、休みでも、ほら補習とか、色々……」
「分かった半助、明日の補習は私が手伝ってやろう。だからとりあえず飲め」
「え、いやだからそういう問題ではなく」
「んだおまえそれでも男かぁ!? 先輩が注ぐ酒が飲めんのかこらぁ!」
 ああ、もう嫌だこの縦社会。しかるべき場所がもしあるなら訴えてやりたい、と半助は泣きたい気持ちになりながら考えた。
「まぁまぁ大木、そう大声で怒鳴りつけるな。見ろ、すっかり怯えてんじゃねぇか。だからおまえのセックスは力と勢い任せで風情がないと言ったんだ」
「野村ぁ、てめぇはわしが腰振ってるとこ見たことでもあんのかおい」
「ないし見たくもないが、簡単に予想がつく。おおかた女のこともよく泣かせてんだろうこんな風に」
「あの、まだ泣いてないですよ私」
 このままだとそのうちに本当に泣きそうだけれど、と半助は心中で付け足した。
「女が泣くのは色男の証拠じゃあ! 泣き顔の女がよがる様を見るのがいいんじゃねぇか」
「それについては同意見だが前戯もまだな時点で泣かせるのはただの甲斐性無しだど阿呆」
 ああ、そこは同意見なのか。と次第に冷静になってきた頭の隅で半助は独りごちた。
 このまま二人の言い争いがヒートアップしてくれたら、こそっと抜けて帰ることが出来るだろうか。そうなるまでの時間は、と半助が脳内で本気の計算をし始めた時、
 ふいに野村が自分の腰を掴んで引き寄せた。
「……えっ」
「なぁ半助、おまえもそう思うだろ? 最初っから泣きたくはないよなぁ、おまえだって」
「えっと……」
 あれ、女の話をしていたんじゃなかったのか。
 眼鏡の奥の野村の瞳が、舐め回すように半助を見て、その視線と腰にまわされた手の怪しげな動きに、ここでようやく半助は別の意味での危機感を覚えた。
「とりあえず酒飲め半助。素面じゃ出来んことも多いだろう」
「……あの、一体何の話を……んむっ!」
 飲めと言いつつ自分で酒を煽った野村を不思議に思いながら、言われた言葉の意味を考えていた半助は、だから急に塞がれた唇に反応することが出来なかった。
 目を見開いて驚きを顕わにした時にはすでに遅く、僅かに開いた唇の隙間から生温い舌と共に、同じように温い液体が流れ込んでくる。
 それが酒だと分かる頃には、口内に侵入してきた液体の逃げ場を自分の喉の奥にするしか選択肢がなかった。つまり、飲み下すことしか。
「んっ……ん、っはあっ、ちょ、野村先生何をっ……ん!」
 夕食をとってからもう何時間も過ぎていて、すでに少し空いてきていた腹に入る酒は、すぐに胃を熱くさせた。が、問題なのはそれよりも、
 そうして酒を口移しで飲ませた野村が、一度半助を解放した後再び唇を重ねてきたことだ。
 今度は先程よりもダイレクトに、侵入した野村の舌を感じる。どうあがいても逃げ場はなく半助の舌はたやすく絡め取られた。
 抵抗のために挙げた右腕はいつの間にか手首を掴まれている。もう反対の手は、半助の頭の後ろを掴んで離さない野村の手を解こうともがいていたが、びくともしない。
「んっ……ふ……」
 口蓋を舌で刺激されて、途端に自分の身体から力が抜けていくのを感じる。
 ああ、まずいまずい危険だ、と感じる頭の隅で、だんだんと別のものが芽生え始めていた。
 足りなくなってきた酸素と、反比例するように与えられる緩やかな刺激のせいで、徐々に半助の頭がくらくらとし始めた頃、ようやく野村は半助を解放した。
 ずるり、と力を失った半助の身体を野村が抱き留める。そのまま野村の腕の中で浅い呼吸を繰り返していると、耳元で野村が低く笑う声が聞こえた。
「……ほら、一丁上がりだ」
 初めは自分に向けられた声なのかと思ったが、その後に大木が唸るような声を漏らしたため、それは半助の肩越しに大木に向けてかけられた言葉なのだと理解した。
 だけれど、今の野村の行為そのものは到底理解出来なかった。

「なんだ半助情けない、野村にちょっと口を吸われたくらいで息を上げおって」
 そう言いつつ、大木は野村の手から引きはがすように半助の肩を掴む。そのまま半助は今度は大木に口づけられた。
 すでに抵抗する力を失っていたものの、それでも手で大木の胸を押しのけようとすると、腕を掴まれて床に押し倒される。
 今しがた野村からされたものとは違う荒々しい熱を孕んだ口付けは、簡単に最後に残った半助の理性を吹き飛ばした。
 抵抗していた手を、力なく床に転がすと、それを見た大木が、口付けながら喉の奥で笑う。
「くくっ……」
「…………ちっ」
 聞こえてきた舌打ちに半助が薄目を開けると、野村が忌々しそうにこちらを見ていた。
「……ふふ、あっけない。どうだ野村、わしにかかればこんなもん……ぶ」
 唇を離すなり得意気な声でそう話し出した大木の顔を、半助は向こうへ押しやった。
「止めてください、大木先生……別に、あなたにほだされたわけじゃないです」
 息を荒げながらもそう言うと、半助に覆い被さっていた大木が不満そうな顔をした。
「なんだおまえ、生意気な口叩くようになったなぁ。そんなに息上げておいて説得力ないぞ」
「……なんなんですか一体……何がしたいんですか、二人とも」
「別になんだっていいだろ半助、ほら、もっかいしてやるから大人しくなれ」
「今のはしょうがなく無抵抗になっただけですっ、ちょっ、止めてくださいってばぁ!」
 下半身をおっ立てた大男に強引に口付けを求められるなんて経験は、当然ながらしたことがない。今自分は何に巻き込まれてしまったのだろうと、妙に冷静な頭で考える。
 すると、力ずくで抑えようとしていた大木を制止するように、野村が大木の肩を引いた。
「だから、強引にするなと言っているだろう。いいのか、勝負にならなくなっても」
「強引でもなんでも半助がよがればそれでいいだろうが」

 待って。
 本当に一体何の話をしているのだ、二人は。

「あの、勝負って何の話ですか」
「だから、わしと野村の勝負だ。当たり前だろ」
「それでどうして私が床に組み伏せられなきゃならないんです!」
「そりゃだって……」
「勝負の内容におまえが必要だからだよ」
 なぜ何どうして。
 そう思ったものの、決して勘の悪いわけではない半助は、次の瞬間にはなぜ自分がこうされているのか、その理由に思い当たる。
 つまり、こうされていることこそが答えなのだ。でもどうして自分なのかは分からないままだけれど。
「だからなぁ半助。わしと野村と、一体どっちがより女を満足させてきたかっつー話になってな」
「そんな数いちいち数えてないから覚えておらんのです二人とも」
「だからまーこの際、誰かを一晩で何回イかせられたかで競った方が早いんじゃねぇかって」
「それで、ちょうどいいからあなたを相手にすることにしたんですよ、土井先生」
 酒に呑まれていたはずの二人は、急にしっかりとした口調になって半助にそんなことを話して聞かせる。
 二人の変わりようにも驚いたけれど、それよりも何よりも、半助が聞きたいところはこれだ。
「……なんで……私なんです……」
 思っていたよりも随分震えた声が出てしまった。頭は冷静に現実を見ている割りに、どうやら自分はそう穏やかにこの状態を受け止めているわけではないらしい。
 それはそうだ。受け止めてたまるものか。なんで自分がそんな強姦まがいのことをされなくてはならないんだ。
「なんでって……おまえが生徒の他では一番若いだろ」
「あと、今この時間に起きていた」
 若いなら小松田くんの方が若いし、今起きている人物なら他にもたくさんいますって!
 そう叫びたい半助の心は、次の大木の言葉で打ち砕かれた。
「だから最初に言ったろうが……尻貸せよ、半助ぇ」





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