恋心、秋の空と、なんとやら。

 …………そんな句はなかったわね。


 秋の空、なんていっても、まだまだ暑い日々は続きそうで、
 とはいえ、空には夏を象徴する入道雲は見られない。今は間違いなく秋なのだろう。

 
 さっきからお経のように朗読を続ける国語教師の声など、もうほとんど耳には入ってきていない。
 いや、入れようとしていない、と言ったほうが正しい。
 そもそも今読んでいることなんて、全部教科書に書いてあるのに、何をわざわざ声に出す必要があるんだか。


 窓際の後ろから二番目の席。一番後ろっていうのは教師も気にして見るけど、
 その一つ前って意外と見られていないものだ。
 おまけにこの席からは、校門とその向こうの通りが見える。ぼーっと見てるにはなかなか楽しい位置なんだ。
 もっとも……ぼーっとするのが目的なんじゃあなくて、考えごとのためにぼーっとしてるんだけど。


 他でもない。あたしが今おかしな共同生活をしている相手のことだ。

 初めて会ったのが先週の金曜。その夜にはもうあの家で過ごすことになって、一、二…………
 びっくりすることに、今日でまだ四日目だ。

 だと言うのに、あたしはまるでもう何ヶ月も一緒にいたかのような、妙な高揚と疲労を感じている。
 当たり前よね……この三日間で色々、本当に色々なことがありすぎた。
 
 こうして学校に来ていると、今までと変わらない日常があって、あの家に居たことの方が夢か何かだったんじゃあないかなんて思えてくる。けど。


 かち。

 教卓から見えないように、机の下で携帯電話を開く。
 アドレス帳の、グループその他、か行…………

 岸辺露伴 090-XXXXXXXX

 三日前までは無かった名前。
 三日前までは、雲の上の存在だった名前。
 それが今では、こんなにも頭の中を支配している。

 これを見ると、ああ夢じゃあないんだ現実なんだと思い知らされる。


 正直、露伴が携帯の番号を教えてくれるとは思っていなかった。
 というか、思いつきもしなかった。
 この三日間の家での出来事が濃すぎて、自分がまた今日から昼間は学校に行くことを、半ば忘れていた。

 なぜだろう、既にあの家で一緒に生活していることが自分のなかで当たり前になってしまっていて。
 学校に行くと言うことは、数時間はあの家を離れるということで、
 ということは、何かしらの連絡手段があったほうがいいということで。

 逃げるなよ、との言葉と共に渡されたメモに、携帯番号と、家の番号、それからアドレスが書いてあった。
 あたしの番号だけは、昨日露伴が出かけたときに既に教えてあったから、あたしのアドレスも、書いて渡した。
 なんだろう、赤外線とか、とてもじゃないけどできるような雰囲気なんかじゃあなかったんだよね。

 でも……実のところ、ものすごく嬉しかったのは事実。
 連絡手段がある。送ろうと思えば、今すぐにでもメールできる。
 まあもっとも、露伴の場合携帯を見ているのかかなり怪しいし、
 見ていたところで、あたしのメールに返信してくれる確立はものすごく低そうだけど……

 人のアドレスって、結構興味が沸くもので、
 その人にしかわからない暗号めいていたり、シンプルに誕生日と名前とかだったり、某ねずみの国のキャラクター名だったり、
 付き合いたてのカップルなんかは二人の名前とラヴラヴにゃんにゃん、なんて可愛らしいやら恥ずかしいやらな文章にしていることもあるけれど。

 露伴のそれは、ぱっと見てあたしが意味のわかるものではなかった。
 といっても暗号というわけでもない。外国語だったのだ。

 BildeKuenstlerredenicht@XXXXXX.XX.XX


 知らない言葉だったから検索してみたら、ゲーテの格言らしい。意味は、

 芸術家よ、形作れ、語るな。


 ……あの人らしいと思った。
 でも、その割には結構、自分の考えを饒舌に語るじゃあないかと、思って少し笑った。
 自分への戒めのつもりなんだろうか、そんなことする人じゃあないか。


 アドレスの部分をクリックして、メール作成画面に入る。

『何か買って帰るものは、ありますか?』

 ないな。ないでしょう。
 多分何かあったら自分で買いに出てるだろうし。
 てか、そもそもなんで敬語になっちゃったんだろ。メールだと逆に緊張するなあ。


『晩御飯のおかず何がいい?』

 あたしは若妻か!自分で打って自分で恥ずかしくなっちゃったじゃない。
 違うのよ、なんかこう、もっと自然な感じで……


『あっつい!』

 ……意味わかんないでしょ!これこそ無駄な受信料をかけさせるなとか言われちゃうよ!


「……はあ」

 気づかれない程度にため息をついて、携帯を閉じる。
 だめだ。なんてメールしていいかわからない。
 ていうか、メールする用事なんてないしね。

 と、抜群のタイミングでメールが来た。
 まさか、と思って見ると、


 メール一件受信 じょーすけ

 ……なんだ、仗助か。紛らわしい。

『昼休み、屋上な!』

 ちらりと横を見ると、廊下側の一番後ろの席にいる仗助が、目配せしてきた。

『りょーかい。弁当はあげないわよ』

 送信、と。
 たぶん、広瀬くんとか虹村とかもいるんだろう。もしかすると由花子もか?
 由花子が「こういちくん」て人と付き合ってるのは前から知ってたけど、それが広瀬くんだとわかってびっくりした。この可愛い子だったとはね。

 はあ。みんなから質問攻めってわけね。
 さあて、どのあたりまで正直に言おうかしら。










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