一周年企画 | ナノ
WC決勝戦の後__つまりは誠凛戦の後から、部の雰囲気は変わったように思う。それは多分、とてもいい方向に。強豪であるが故のライバル意識というものがなくなったわけではないが、息苦しさを感じるほどの殺伐とした空気は少しずつ払拭されている。
少なくとも、そう。休憩時間中にマネージャーがぼーっと選手を見ていても咎められない程度には。

「……先輩、名字先輩」

少し強めた語気で呼ばれた自分の名前に我に返って呼ばれた方を振り向く。

「あ、赤司君」
「先ほど監督から預かった各校のデータです。保管お願いします」
「はーい」

苦笑されながら手渡された資料にさっと目を通して預かり受ける。用事は終わっているだろうにまだ何か物言いたげな顔の赤司に首を傾げるとちらりと先ほどまで見つめていた方向を眺めて僅かに表情を緩めてこちらに向き直る。

「休憩時間中ですし、それぞれ準備も終わっているようですから注意は必要ないのでしょうが、呼びかけたら一度で返事をしてくださいね」
「あはは……はい」

とても穏やかな声での注意は非常に身に染みる。普通に怒られるよりも嫌だこれ。にしても後輩に穏やかに注意される先輩マネージャーの図ってこれかなり情けないんじゃ……。
苦笑いしつつ見つめていた方に目をやると「馬鹿ねぇ」とでも言いたげに首を竦められた。見られていただと。
むっと内心ふくれっ面をしていると頭上からため息が落ちてきて少し肩を揺らしてしまった。そうだった、赤司君が私に苦言を呈している最中だった。

「……これ以上見せつけられるのも勘弁願いたいな……」
「ごめんね、なんか言った?」
「いえ何も」

そう言ってからにっこりと悪戯な笑顔を見せる赤司にいくつかクエスチョンが頭に飛ぶ。間抜けな顔をしているだろう先輩マネージャーに彼は去り際さらっと爆弾を設置していった。

「名字先輩は分かりやすいですね」

この短時間で一体何を悟ったのか。賢い後輩にそれを尋ねるともれなく爆弾が爆発しそうだったのでせめて自爆はやめておいた。

***

いつも起きる時間より遅くなってしまったので急いで家を出るとどうやら急ぎすぎたらしく、普段着く時間より十分ほど早い到着になってしまった。まあ別に早いぶんにはいいか、と腕時計から顔を上げると何だか微妙な顔でこちらを見つめる実渕とばっちり目が合った。いつからいたんだろう、気づかなかった。

「……なまえちゃん、それは身だしなみに構ってないの? ただ単に気づいてないの?」
「何が?」
「気づいてないのね……。寝癖、まだついてる」
「え、嘘っ」
「嘘吐いてどうするのよ」

どこどこ? と尋ねながらぺたぺた頭を抑えてみるが絶妙にずれたところを抑えているらしく「もうちょっと右……行きすぎ、左。違うそれで前……もうっ」口頭で指示を出すのが面倒になったのかとんとんと指で頭を叩かれた。

「櫛くらいは持ってるでしょ」
「……そこまで女子力なさそうに見える?」
「寝癖つけてくる時点で高が知れてるわよねぇ」
「今日はたまたまー。いつもはちゃんとしてますー」
「髪も結んでないし」
「時間がないと思ってたのー」
「いつもより結構早いじゃないの」

返す言葉もない。ぐうと押し黙った名字に何を思ったか「ほらちょっと来なさい」と連れられて体育館のベンチに座らされた。

「結んであげるからゴムと櫛出しなさい」
「えっ、いやいいよ自分でできる……」
「なまえちゃん慌てると大惨事になるタイプなのによく言うわねぇ」
「……おねがいします」

反論の余地がない。慌てると大惨事になるから寝坊したのに何故かいつもより早く来てしまったりするのだ。来てから整えようと思っていたがいざ部員が集まりだすと焦ってうまくいかないことも目に見えている。任せた方が安心である。
ゴムピン櫛その他諸々の入っているポーチを渡すと非常に楽しそうに探っている。これは多分髪弄りたかっただけだ。

「いつもの結び方でいいの?」
「うん。一番動きやすいから」
「オッケー」

さっと迷いなく髪に触れられてやっと、これは大変なことを頼んでしまったのでは、と頭に理解が及んだ。どうして押し負かされた二分前の私……!
おかしい、しなやかなくせに決して細いわけではない実渕の綺麗な指が自分の髪を梳いているだなんて考えてしまうなんて頭がおかしいに違いない。誰かお願い、今すぐ冷水ぶっかけて。バケツでいいから。氷水汲んできてぶっかけて。そしてこの妙に火照った頬とかその他諸々の熱を何とかして。いやもういっそ滝に打たれたい。今から滝行に行きたい。煩悩とかすべて洗い流して何事もなかったかのようにこの場に現れたい。そうすれば多分時間的にもぴったりだ。いやそんなわけないな。
どうせあれだ、がちがちに緊張した肩の線とかすごく不思議に思われてるんだ。なけなしの優しさで指摘されないだけなんだ。

「っひ、」

__うっわぁ、今の際どい、際どいですよ実渕さん! 首触った、一瞬触った!
首を竦めないように不自然に背筋を伸ばしているだけで精一杯だ。っていうかどうして自分だけこんな恥ずかしい思いをしなきゃならないんだ。絶対におかしい。
何とか顔の熱を冷まそうと小さく息を吐いてみるがあまり意味はなかった。ばれてないといいのに。どうか熱が耳まで到達していませんように。と現時点でも叶うはずのない願いを胸中で祈ってみるもののやはり意味はない気がする。
てきぱきと迅速に、かつ丁寧に髪を纏めていく手に胸の動悸が収まらないのは初めての経験に緊張しているだけだ。……などと言い訳をしてみてもそれだけが理由ではないことくらい、名字自身が一番知っていることであり。

「はい、できたわよ」
「あーうん……ありがと」
「……どうしたの、顔、真っ赤よ?」

後ろから悪戯っぽく覗き込まれて「玲央ちゃんのせいよ」と恨みがましく呟いた。分かっていて聞いてくるとはなかなかに宜しい性格をしていらっしゃることで。

「あらあら。じゃあもう一押しってところかしらね」
「……へ?」
「あれだけ熱視線送られてたら気づくわよねぇ」

実渕はにっこりとそこらの女の子よりよっぽど綺麗な笑顔を浮かべて名字を見て「ま、私も絆されたってことよね」そう言ってぽすぽす名字の頭を軽く叩いていった。
__名字先輩は分かりやすいですね。
賢い後輩にいつだったか言われた言葉だが、今日ほど自分が分かりやすかったことに感謝した日はこれから先もなかなかないと思う。

20150527


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