一周年企画 | ナノ
確か小学校の5年の時のことだったと思う。小さい頃から家が隣で仲の良かった、つまるところの幼馴染が引っ越してしまったのは。大泣きしながら見送りに行って困ったように慰められた。「死ぬわけじゃないんだし大丈夫だよ」「なまえ死んじゃうの!?」「もののたとえだよ……」「モノノタトエでもそんなこと言わないで!」「ご、ごめん……?」思い出すだけで寒気がする。何と言う馬鹿なことを言って彼を困らせたのだろうか。こんなことを言えば中学時代のチームメイトには「今もそう変わりませんよ。君は馬鹿です」とでも言われそうだが泣きたくなるのでやめておく。
携帯という機器があることは知っていたが当然の如く自分は持っていなかったし、それは彼も同様だったので永遠の別れくらいの切羽詰まった状況であったのは事実だったのだから、などと過去の自分の行動を弁解してみる。そういえば彼はどこに引っ越したのだっただろう。当時の俺は彼が引っ越すというその事実だけで精一杯でどこに引っ越すだとかなんで引っ越すのだとかそういうことは丸々すっきり頭から抜け落ちた。両親や姉たちに聞けば分かるのだろうが、今更そんなことを聞くのも気が引ける。
などと当時の彼がお別れの時に泣かなかった理由を考えないためにそこまでで思考をストップさせてきてから早4年。

「あれ、涼太?」

聞き覚えのあるようなないような声に聞き慣れた自分の名前を呼ばれて怪訝に声の方を向く。もう既に席に着いているらしい声の主は俺を見ながら多少不安気に瞳の奥が揺れている。

「……なまえ……?」

呟いた名前に彼はぱっと不安を消し去って「良かった、覚えてた?」と微笑んだ。その顔に当時のなまえが綺麗に重なる。背は俺ほどではないにしろそれなりに伸びたようだ。顔つきも大人びた。
ゆっくり話したいところだったが生憎と今から入学式とHRでゆっくり話せそうもない。どうしようと眉を下げているとそれを汲んだらしく「今日って後なんか用事ある?」と尋ねられた。無言で首を振ると彼は「じゃあちょっと話そ」と笑った。大歓迎だ。

***

「久しぶり、元気だった?」
「うん。なまえは?」
「うーん、まあそれなりかな」

そっか。と相槌を返して止まった会話に2人して目を合わせるとほぼ同時に吹き出した。

「なーんか改まると話しづらいね」
「4年ぶり? だっけ?」
「そー」

なまえは少し眩しそうに「涼太背ぇ伸びたな」と目を細めた。

「なまえも……まあ俺ほどじゃないけど伸びたよ。あと大人っぽくなったし。一瞬気づかなかったもん」
「そんな変わった?」
「変わった変わった。でもよく俺のこと一目で気づいたよね。そんなに俺変わってない?」

自分なりにはあの頃よりは数段非の打ち所がなくなったと思うのだが。なまえは表情を緩めると「まあ背が伸びた以外はあんま変わってないみたいだけど」と意味深に言った。それはつまり外見だけではなく中身も変わってないなお前と言いたいのだろうか。失礼な。
むっと口を尖らせるとやはりなまえは楽しそうに笑いながら「雑誌見てたからさ」と付け足した。

「雑誌って……」
「涼太が出てるやつは多分全部」
「え、なんか意外。なまえそういうの読むんだ」
「んー……いや、そうでもないかな。涼太がやってなかったら読まないよ」

その答えを不思議に思って首を傾げるとなまえは鞄からわりかし高級そうなカメラを取り出した。やけに丁寧に扱うと思ったらそんなものをいれていたのか。

「中学入ってから写真始めてさ。雑誌の写真コンテスト応募しようと思ったら涼太載ってたからびっくりした。で、まあモデルやってんだーって思ってちょっとチェックしてたんだよ」
「へー。なまえが写真ねー」

触っていい? と尋ねるとどうぞ、と軽く返された。カメラにそこまで深い思い入れがある方ではないのかもしれない。持ってみると意外と重い……かもしれない。これをずっと持って写真撮るのは2時間経ったらもうやだなぁと言ったくらいの重さである。いやそもそも写真にそこまでの興味がないからかもしれないが。
返す時に手が触れて自分がびっくりしたことにびっくりした。何でそんな他人行儀にさっと手なんか離したりしたのだろう。中学生か。いやまあ先日までは中学生だったのだが。なまえも一瞬不思議そうに瞬きをしたが別に何かしら言及するでもなく「ところでさ」と話を切り替えた。

「涼太バスケやってんだってね」
「あ、インタビューとかで……」
「見たやつ見たやつ。部活は? やっぱバスケ部?」
「まーバスケで推薦もらってだからヒツゼンそうなるけど……」
「あ、そうなの? 推薦か、すごいんだ」
「いやーそれほどでもー」

心にもない謙遜をしてみせると「またまたー」と楽しげにからかわれて照れ笑いをもらす。昔から器用になんでもできたし、褒められることはたくさんあったけれどずっとなまえからの賞賛が一番嬉しかった。その気持ちはどうやら成長していても変わらないらしい。
その後も中学の時の話や部活のことでしばらく盛り上がって、ふとなまえが時計を見てはっと目を見開いた。

「悪い、結構喋っちゃったな。涼太東京まで戻らなきゃいけないんじゃ、」
「あ、やば、時間全然見てなかった」

なまえは俺の言葉を聞いて何度か瞬きを繰り返してから「やっぱ変わってないね」と微笑んだ。小さい時も何度となく門限を破って一緒に怒られていたのだっけ、とつられて思い出して俺も少し笑った。
カメラをしまうなまえにふと思い立って言ってみる。

「俺撮る?」
「え?」

なーんて、冗談。そう続けるつもりだった言葉はなまえの表情を見て喉の奥に消えた。
なんで、そんな。__苦しそうな顔するの。

「人は、撮らないって決めてるんだ」
「……そっか」

苦しそうに笑うなまえにたまらなくなって、少しでも軽くなるようにと努めて軽い調子で言葉を繋いだ。

「もったいないねぇ。こんな良い被写体なのにー」

意図が伝わったのかどうかはともかく、それがポーズだということは分かったようで、なまえはぎこちなくではあるけれど笑って「自分で言うあたりがなぁ」と俺の頭を軽く小突いた。


20150505


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