手を伸ばした先にあるもの

「うわ、」

最悪だ。黄瀬涼太は外を降る雨に顔を顰めた。朝は晴れていたから、と天気予報を見ずに来た罰でも当たったのだろうか。
折りたたみ傘なんて気の利いたものは持ってないし、かと言ってこのまま濡れて帰れば風邪を引くのは免れないだろう。インターハイの予選も近いこの時期に風邪を引くのは極力避けたい。
どうしたものか、と黄瀬が頭を悩ませていると、後ろから女子の声がかかった。

「あれ、……黄瀬君?」
「あ……名字さん、」

黄瀬に呼びかけたのはクラスメイトの名字なまえだった。

「今部活帰り?」
「あ、はいっス」
「大変だね。お疲れ様」
「いやーどうも。ってゆーか名字さんも帰り? 部活入ってたっけ?」

黄瀬のその問いに、名字は苦笑して首を振る。

「クラスの子にちょっと用事頼まれてて。今終わって帰るとこなの」
「今終わってって……こんな遅くまで?」

もう7時過ぎである。いくら日が長くなってきたとは言え、もう外は薄暗いというのに。「ちょっと長引いちゃってねー」と笑う名字にため息を吐いた。

「誰かと一緒にやればいいのに」
「みんな用事あったみたいだから。私暇だし、家近いから引き受けたの」
「それにしたって……」

「でも誰かがやらなきゃいけないから」と言う名字にとんだお人好しだと呆れる。
名字は靴を履いて黄瀬の方を振り返ると、不思議そうに首を傾げた。

「黄瀬君帰らないの?」
「え……あーいやそのー……何て言うか……」

頬を掻いて空笑いを洩らす黄瀬に、名字は何かを察したのか「もしかして、」と黄瀬を見つめた。

「傘、忘れてる?」

バレたか、と黄瀬が肩を竦めると、名字は呆れたのか眉を下げる。

「夕方から雨だっていってたのに」
「朝晴れてたからつい天気予報見るの忘れちゃって、」

困ったように笑う黄瀬に名字は暫し考え込むと、自分の傘を見やって、黄瀬に押し付けた。
え、え? と戸惑う黄瀬に笑う。

「貸すよ」
「え、でもそれじゃ名字さんの傘……」
「別に良いよ。さっきも言ったけど私家近いし」
「で、でもそれは流石に……」
「いーから。もうすぐインターハイでしょ? 海常のエースが風邪で試合欠場なんてシャレになんないよ」

う、でも……とまだ言い募ろうとする黄瀬に有無を言わせない笑顔を向けて、名字は「頑張ってね、応援してるから」と残して走って行った。
引き止めようとする前に取り残されて、黄瀬は手に残った傘を見る。
そういえば、と黄瀬は名字の言葉に引っかかるものを覚えて首を傾げた。
名字は確かに自分を『海常のエース』だと言った。それは恐らくバスケに関してということで間違いないだろう。だが、名字は自分にさほど興味があるような素振りは今まで見せていなかったし、普通そんな人が気にするのはバスケのエースよりも知名度の高いモデルの仕事の方なのではないだろうか。
『黄瀬君モデルなんだから体大事にしなきゃ』そんな文句なら数えきれないほど聞いてきたが、『エースが大会前に風邪引くなんて駄目だよ』と言われたのは初めてかもしれない。
とりあえず傘は明日返さなければ、と黄瀬も帰り道を急いだ。



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