黒子っちはぴば


出会い頭に「誕生日おめでとう」と声をかけられて一瞬フリーズしてしまった。振り向くと千秋君がひらひらと軽く手を振っている。

「……ありがとう、ございます」

そういえば彼は、僕の誕生日を忘れたことがなかった。去年も一昨年も。印象が強い方ではないと自負している。多分それだけ千秋君が僕のことを気にかけてくれている証拠なのだろうと思うのだ。それはきっと自惚れなどではなく。

「これからの一年がお前にとっていいものでありますように」
「……そうだと、いいですね」
「なるよ、きっと」

あながち冗談でもなさそうな顔でそう言って千秋君は表情を緩めた。

「新しい場所には新しい出会いがある。新しい出会いは人を変えることができるから。黒子がそれを忘れさえしなきゃ、きっと」
「はい」

そうだ、もうすぐ新しい場所に行かなくてはならない。ずっとこのまま留まっていることはできないのだ。楽しかったあの頃に戻ることも、大好きだったこの場所に居続けることもできない。新しい場所に、新しい人たちと。
__その時、僕は、バスケをやっているのだろうか。
千秋君、呟くように呼んだ名前に千秋君は僕を見下ろした。

「去年の今頃、僕は泣いてました」
「え?」
「楽しかったあの頃に戻りたくて、君がそこにいなかったのが寂しくて。過去ばかり見ていた。……でも、それじゃ駄目なんだって今なら思います。まだ答えは見えないけど、前を向きます。もしかしたら一年後、今の僕が想像もできなかったことが起こっているかもしれないから」

入学したばかりの頃。青峰君と初めて会った時。中学一年の誕生日。黄瀬君が入部してきた時。たくさん思いに残る日はあるけれど、その時の僕は今この瞬間を想像することなんてできなかった。だから思う。今の僕には想像できないことが未来にたくさん起こるかもしれないと。それはいいことかも悪いことかもしれないけれど。

一年後の今日、過去を振り返らない自分であれるように。



隣を歩く彼を見上げて僕はくすりと笑みを零した。それに気付いて不思議そうに「どうした?」と尋ねてくる千秋君は心なしか普段より表情が明るい気がする。

「やっぱり、一年後なんて想像できたものじゃないですね」
「そんなものだって」
「……はい」

ストバスのコート前に立っていた桃井さんがこちらに気付いて「テツくーん、千秋くーん! もうみんな来てるよー!」と満面の笑顔でぶんぶんと手を振る。その声でこちらを向いた黄瀬君が表情を明るくし、青峰君は遅いとでも言いたげに口を尖らせ、紫原君は相変わらず眠たげにこちらを見て、緑間君は不機嫌そうにそっぽを向き、赤司君は穏やかに表情を緩める。何だか、あの頃に戻ったようで__でも、違うのだと僕たちは知っている。
あの日の苦い経験は、離れてから得た感情は、きっと僕たちをたくさん成長させてくれたはずなのだ。だから、あの日と違うことはもう苦しくない。

「誕生日おめでとう、黒子」

まだ彼らに聞こえない距離でそう呟いた千秋君に僕は初めて笑って返せた。

「はい。ありがとうございます」





20160131 Tetsuya Kuroko Happy Birthday.

今年は黒子っちを幸せにしたい。



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