黒子っちはぴば!


「黒子っちー! 誕生日おめでとー!」

体育館に入って開口一番黄瀬君に言われた言葉はそれだった。クラスメイトからも特に認識されていない僕は彼が何を言っているのか分からず、一瞬硬直状態に入ってしまった。黄瀬君に釣られて今日が誕生日なことを思い出したらしい他のメンバーも口々に祝いの言葉を言った後、相変わらずフリーズしている僕の様子に首を傾げる。

「テツ?」

怪訝な顔で僕を覗き込む青峰君に僕はやっと正気に戻り、「あ……、ありがとう、ございます」と言葉を発した。どうしたんだよ、と笑う青峰君にあまり同年代から祝われることがなかったので、と答えると青峰君も黄瀬君も緑間君も、紫原君でさえどこか複雑な表情をする。

「そういえば……千秋君と赤司君はまだ来てないんですか?」
「いや、先ほど監督に呼ばれたところだ。もうすぐ戻ってくるだろう」

緑間君の言葉通りメンバーに混じってストレッチを始めてすぐ、体育館の扉が開いて赤司君と千秋君が入ってきた。赤司君の方が先にこちらに気づき、僕が加わっていることを確認して軽く手を上げる。やあ、と言ったところだろう。他のメンバーがやってもクサいだけの仕草でも彼はそういう仕草がよく似合う。雰囲気の違いだろう。
千秋君も赤司君の仕草で遅れて気づき、そのまま赤司君と2、3言葉を交わしてからこちらに歩いてきた。赤司君はまだ何か用事があるのだろう。体育館の奥の方でマネージャーと話している。

「千秋何の用事だったんだよ」
「ん? まあ今日の練習についてだよ。コーチも監督も用事があるらしくて30分くらい遅れるんだと」
「あ、マジで? やった!」
「ま、練習は普通に正規の時間から始めるけどな」
「ちぇー、何だよー」

口を尖らせた青峰君に千秋君は呆れたようにため息を吐いて、青峰君の前にしゃがみ込む。ハテナを浮かべて首を傾げる青峰君に一瞬悪戯っぽく笑いかけて彼は青峰君の額の前に手を構えた。あ、と僕や青峰君たちが察した瞬間にはもう既に遅く、青峰君の額の真ん中にいい音を立ててデコピンが決まった。

「いっ……てぇー! おい千秋、いきなり何すんだ!」
「えー、何ってデコピン」
「んなのは分かってるよ! アホか! そうじゃなくて、」
「お前にアホとか言われたくねーなぁ。だってほらお前さ、額出してるからデコピンしたくなるの」
「意味わかんねー!」

痛みから涙目で睨む青峰君を軽くあしらいながら千秋君は楽しげに笑う。たまに千秋君から青峰君にする軽いおふざけの範疇である。実際青峰君も口でああ言いながらそこまで怒ってはいない。
黄瀬君がふと思い出したように千秋君のTシャツの裾を引く。なに? と振り向く千秋君の表情は穏やかだ。

「そういや今日黒子っち誕生日なんスよ」
「あ、そうだっけ? そっか、黒子おめでとう」
「ありがとうございます。……っていうか普通に忘れてましたね?」
「えー? そんなことねーよー?」
「目を見て言って下さい、目を見て」
「まあ黒子は他のメンバーに覚えてもらっていただけいいじゃないか」

後ろから突然聞こえた声に驚いて振り向けば、そこにいたのは赤司君だった。柔らかな表情をしているが目は笑っていない。どうやら12月の時のことをまだ引きずっているらしい。
千秋君は呆れたように首を竦める。もちろんポーズである。

「ったく赤司、しつこいよ。結局誕生日会もやったしいいだろ? っていうかお前ってたまに黒子以上に気配消してくる時あるよな」
「5日遅れだったがな。……そうか? 普通に近づいているつもりだが」
「……気配消すのが普通なのか、末恐ろしいな……」
「ああそうだ黒子、俺はまだ言ってなかったね。誕生日おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
「今日からもよろしく頼むよ」
「……はい!」

柔和に微笑む赤司君に気合いを入れた返事を返して、再度メンバーを見渡した。
青峰君がさっきの仕返しと言わないばかりに千秋君にちょっかいを出して怒られている。黄瀬君はそれに巻き込まれて、結局千秋君にも青峰君にもからかわれて楽しそうだ。緑間君はそんな様子を苦々しげに見ていて、紫原君は興味がなさそうにお菓子を食べながらそっぽを向いて、赤司君が微笑ましそうに眺めている。あ、桃井さんもこちらに気づいたみたいだ。「もー何してるの?」なんて言いながら笑って。

__ああ、幸せだなぁ。




***



ぱちりと目が覚めた。見慣れた天井と、まだ薄暗い部屋の中。耳障りな機械音を止めて、体を起こす。ふとカレンダーを見やると昨日つけたバツ印の隣の日付は、

1/31

__ああ、何だ、夢か。とても幸せで、好きだったあの頃の。もう戻れない、あの頃の。
布団から起き上がって新着メールを告げる携帯を手に取る。こんな早くに、誰だろう。
メールを立ち上げて未開封のそれを開けて。差出人を、文面を、見た途端に涙が溢れた。

『差出人:千秋君
 件名:(non title)
 本文:
 誕生日おめでとう。
 元気?』


ありがとうございます。でも全然元気じゃないです。青峰君も黄瀬君も紫原君ももうあまり練習に来ません。緑間君だって赤司君だって、もう僕の誕生日におめでとうと言ってくれる人じゃなくなりました。君がいたら何か変わっていたのだろうかなんて、まだあの頃のままでいられたのだろうかなんて、そんなことをいつも考えています。
君に会いたいです。早く姿を見たいです。

__願わくば君と、初めて会ったあの時に。


20150131 Tetsuya Kuroko Happy Birthday.





全然ハッピーじゃないけど。



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