黄瀬

短編の続き

「練習見に来てくれないっスか?」
 そう誘うとなまえは心底嫌そうに顔を顰めた。

「ちょっ、何その顔!」
「だって嫌なんだもん。女の子いるでしょう。目立つのきらい」

 ああ何だ、俺の練習見るのが嫌とかじゃないんだ__とそっと安堵する辺り、黄瀬もかなりベタ惚れである。黄瀬は暫し考え込んで、「じゃあ、」と呟いた。

「人払いちゃんとしとくから。ね、どうっスか?」

 なまえは暫く黄瀬に疑わしそうな目を向けていたが、渋々という態で「……ならいいよ」と承諾した。

***

 というような経緯があり、今体育館にはなまえが来ているわけだが。
 これはどういうことだ、と黄瀬は愕然と自分の彼女を見つめた。
 体育館に入った途端、なまえはぱっと表情を輝かせて「笠松せんぱーいっ!」と弾けた声で海常バスケ部主将の名前を呼び、軽い駆け足で笠松に近づいて話しかけたのだ。
 __いや、勿論彼女の一連の行動は自身の容姿の良さもあって大変可愛らしいものだった。これは恐らく彼氏の贔屓目だとかそういったもの抜きで、だ。だが、少なくとも黄瀬の知っている範囲では面識のない筈の2人が、なぜあんなに親しげに……あまつさえ軽いボディタッチなど。
 黄瀬の知るところでは、笠松は全く女慣れしていない筈だ(何せ初対面の女の子に対して「かんぱい」と言う筈が「おっぱい」と言ってしまった程なのである)。それなのに、今の笠松は多少ぎこちなくはあるものの、上がりすぎという雰囲気もない。……何故だ。

「まさか浮気……!?」
「どこの誰が浮気って?」
「うわなまえ!」

 若干気圧の下がった声で黄瀬を下から睨むなまえ。その視線に気まずさを感じて少し目を逸らして、言い訳めいたものを洩らす。

「だってなまえ笠松さんと会ったことない筈なのに……」
 なまえはきょとんと目を瞬かせて、「あれ、」と黄瀬に答えた。

「涼太に言ったことなかった? 私ね、笠松先輩と中学一緒なの」
「っえぇ!? 聞いてないっスよ!」
「じゃあ今言った。それで中学の時マネージャーやってたって言ったでしょ」
 つまり部活の選手とマネージャーだったと。だがそれにしても、
「彼氏放っていくことないじゃないっスかぁー」
「あぁごめん」
「軽っ!」

 黄瀬がなまえにじゃれていると、笠松が不思議そうになまえに声をかけた。

「名字黄瀬と付き合ってんのか?」
「ああ、まあ。はい」
「目立つの嫌いだったのによく付き合ったなお前」
「まあ……でも他の人には内緒ですよ。厄介なことになっちゃうの嫌なので」

 さっぱりした口調で笠松を口止めして、なまえはさり気なく時計を伺う。

「あ、もうそろそろ時間ですよね。すみませんでした練習前に」
「いや……どうせ見てくんならベンチ居るか?」

 笠松の提案になまえはきょとんと瞬きして苦笑を洩らす。

「そりゃまあ特等席だし居たいことは居たいですけど……邪魔になりません? 私マネージャーってわけじゃないですし」
「や、むしろ女子居る方がやる気出る奴いるし。ウチマネージャーいねーから居てくれる方が助かる」
「あ、今さり気なく当てにしましたね。仕方ないなぁ」

 テンポよく会話を弾ませる笠松となまえに割り込むのもなんだか気が引けて、大人しく見守っていると横から引っ張られた。

「おい黄瀬、あの子誰だ」
「ちょ、森山センパイびっくりさせないで下さいっス!」
「いーから答えろって」

 どうやら今までの会話は聞こえていなかったらしい森山に黄瀬は拗ねた表情で答える。

「名字なまえ。俺のクラスメイトで、」
「年下か……!」
「ちょっ、ちゃんと最後まで聞いて! 一応俺の彼女なんで。いくらセンパイでも手ぇ出したら怒るっスよ」
「何だ黄瀬の彼女か……。笠松じゃなくて?」
「お、れ、の、彼女っス!」

 むきになる黄瀬に何となく事情を察したのか、森山は興味深いというように相変わらず談笑しているなまえと笠松を見やった。

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