赤司
短編の続き
「春になったよ」
穏やかな暖かい風に赤髪を揺らして、赤司は精一杯の優しさを含めた声で告げた。
「久しぶり。君が居なくなってもうすぐ二ヶ月が経つ。手紙の返事をしにきたよ」
なまえの名字が彫られたそれに指を滑らせて、微笑を浮かべる。
「遅くなったこと、怒ってるか? でも君の好きな季節に伝えたかったんだ」
きっとなまえは怒ったように頬を膨らませて、それから花が咲いたように笑うのだろう。『気にしてないよ』そう言うなまえの声も思い浮かぶ。
「俺も君に謝らなければいけないことがふたつあるんだ。ひとつは約束が守れなかったこと」
彼らに会わせるという約束を果たせなかった。
「それともうひとつは、君が亡くなる前に君に会うことができなかったこと」
最後に『また明日』を告げられなかったこと。
「今でも後悔している。すまなかった」
ただひとつだけ思うことがある。もしかしたらなまえは赤司が約束を果たせないことが分かっていたんじゃないかと。彼女は自分に『絶対』の時間がないことは誰よりも分かっていた筈だ。それでも尚絶対だと言ったのは、それまで生きたいという彼女の強い願いだったのではないか。それまで生きさせてほしいという最後の祈りだったのかもしれないと。
全てを知る彼女はもう居ないし、誰に聞くということもできないから、これは赤司の推測でしかないのだが。
「とりあえず髪は普通に切りに行ったけど、方向性の違いというのはまた別の話だと思うよ。……というか、」
赤司は手紙でのたったひとつの不満を告げる。
「それくらいのことはちゃんと言って欲しかったな。最後に見せるのは綺麗な方がいいというのは君だけじゃない」
言ってくれたらすぐにでもきちんと切りに行ったのに。
「弱音も言ってくれれば良かったのにね。俺はそういうことを重荷に感じるタイプではないよ」
頼られれば嬉しい。誰にも洩らさない本音を言ってくれたらそれ以上に嬉しいことはない。
「……でもまあ、君だから仕方ないね」
強がりで優しい君だから、弱音を吐くことだけはしたくなかったのだろう。それが赤司にとって何かの障害になるのではないかと。そんなわけはないのに。
「君は多分よく知らないだろうから教えてあげるよ。君は君が思っている以上にたくさんの人に愛されていた。君の両親はもちろん、友人も、俺も、__それから僕にも」
君は同じじゃないの、と笑うだろうね。屈託ない無邪気な笑顔できっと、赤司君ならどっちでもいいよと、そう言って。
「そんなことはもちろん俺にだって分かってるんだけど、あいつがどうしても伝えてほしいと言うから。なら出てくればいいのにね」
くすりと緩やかに笑う。
さて君が好きになったのはどちらだったんだろうね。もう1人の自分に言うのもおかしなことだが、あいつだったら少し妬けてしまう。でもどちらの自分も君が好きだったことに変わりはないから、やはりどちらであろうと関係ないのかもしれないね。
まだ少し寒さの残る風が吹く。もう冬のように底冷えする寒さはないけれど、油断していたら風邪を引くくらいには。
「満開の桜が好きだったって君のお母さんや友達が言っていた。ここならゆっくり見られるね」
本当に、最後まで君はずるい。
君は1人で最後の言葉を残して逝ってしまったのに、俺は君にもう何ひとつ伝えられない。手紙も言葉も、君に直接伝えられなければ意味なんてないのに。もう、俺には、どうか伝わればと。伝わってほしいと願うしかできない。
__ああ、少しだけ、泣きそうだ。
あと何回、ここにきたら君に会える?
あとどれだけ、言葉を尽くしたら君の声を聞くことができる?
柔らかな君の温度も穏やかな君の笑顔も重ねた唇の感触でさえ、まだ覚えているというのに。
20150401
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