14

やけにシリアスな表情で目の前に座る黄瀬を見て、千秋は多少居心地悪くコーヒーを啜る。内心本題に入るならさっさと入れよと思ってはいるが、黄瀬の中でもうまく言葉をまとめられていないのだろう、と沈黙の中でひたすら待つ。
in喫茶店with黄瀬涼太。黄瀬には変装用眼鏡のオプション付きである。どこの乙ゲーか。

「…あの、」

良かったやっと口開いてくれた、とほっとしながら「何?」と返す。

「千秋っちって練習忙しい?」
「…は?」

素で大分間抜けな声を出してから「うんまあそれなりに」と返答すれば黄瀬は気まずそうに眉を下げた。何だ、自分の練習が忙しかったら何か不都合でもあるのか。面倒だなぁ、と遠い目をしながら発言を促す言葉を続ける。

「内容によったら都合くらい付けてやるし、言うなら早く言えよ。休日呼び出されてやっぱり何でもありませんはやだよ、俺」
「うっ……」

そのパターンやるつもりだったのかよ。黄瀬はあーだかうーだかよく分からない唸り声を出して逡巡するように目線を落とす。しばらくして顔を上げた黄瀬は小さく口を開いた。

「練習、付き合ってくれないっスかね……?」
「練習って、お前の?」
「はい」

怪訝に眉を顰めた千秋に黄瀬はようやくいつもの顔に戻って続ける。

「この間青峰っちとやった時、やっぱ思ったんスよね。俺のコピーじゃあの人たちに勝つことはできないって。で、あの人たちを上回る、とまではいかなくても対等に勝負できるようにするには、それ以上の何かが必要で、俺にとってのその何かっていうのはあの人たちのスタイルをコピーすることしかないと思うんス」
「まあ、同感だな」
「でも正直、俺1人じゃあの人たちのコピーとか無理っス」
「いきなり弱気かよ」

開き直ってるし。じとりと千秋は黄瀬を睨む。黄瀬はその視線に首を竦めて「諦めるわけじゃないっスよ」と言う。

「ってゆーか諦める宣言とか千秋っちの前で絶対できないし…。そうじゃなくて、むしろ逆っていうか」
「逆?」
「千秋っちに手伝ってほしいんス」

何となく見えてはいたがやはりそうきたか。合宿前の火神といい、最近誰かに練習相手を頼まれることが多い気がする。
ため息を吐いてテーブルに肘を突き、手の甲に顎を乗せる。

「そうは言っても俺他校だし。それにそもそも、手伝いとかったって俺がアドバイスできることなんてないに等しいと思うんだけど?」
「何言ってんスか。千秋っち他のメンバーと付き合い長いでしょ?」
「関係ないな。開花後のあいつらのことならお前の方が知ってるだろ」
「千秋っちだって見たことないわけじゃないっしょ? それに、スタイルのコピーにはリズム掴むことが必要不可欠なんスよ」

千秋っちの十八番(おはこ)でしょ? と食い下がる黄瀬を一瞥してすぐに視線を逸らす。

「駄目なものは駄目だ。入部してるしてないは関係なく、俺は一応誠凛の人間だし、お前の手助けするわけにはいかない」

そう一刀両断すれば、黄瀬はしょんぼりと俯く。大きな垂れ耳が見えるのは気のせいだ。小さく鳴き声が聞こえてきそうなのも気のせいだ。

「非常識なこと頼んでるのは分かってる。けど、俺、どうしても勝ちたい。海常で、今のみんなで。中学の時からずっと忘れてたもの…、やっと思い出せたから」

「やっぱりバスケは楽しいっス」そう言って笑う黄瀬を見て、千秋は苦々しく顔を顰める。
別に断れないわけじゃない。ここで突っぱねたら黄瀬は仕方ないと諦めるだろう。そしてちゃんとこちらにも事情があると物分り良く分かって、遺恨を残すこともないだろう。もし負けたとしても千秋のせいにはしないだろう。
だが、否だからこそ、ここで断ったら男じゃない。

「__あーもう!」
「…千秋っち?」
「お前はさぁ、妙なところで可愛子ぶるっていうか…絶対狙ってやってるだろ……」
「え、ちょ、千秋っち?」

千秋は黄瀬から目を逸らしたまま「やってやるよ、」と小さく呟いた。

「……へ?」
「だから、やってやるって。付き合ってやる」
「……良いんスか?」
「お前から言い出したんだろ。良いよ」

黄瀬はパァッと擬音語が付きそうなほど明らかに顔を輝かせる。やっぱり背景にぶんぶんと元気そうに振られる尻尾が見える気がするが、絶対に気のせいだ。自分と黄瀬に対する苦いため息を吐いて、千秋はカップを持った。


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