01

帰り際、体育館に向かう途中で何十冊と積まれた本をよろけながら運んでいた女子生徒に遭遇し、転けそうになったのを辛うじて助け、そのまま流れで資料室まで書籍を運んで、きっちりお礼も言われないままに走って体育館へ。後ろから刺さる熱視線は気にしないものとする。自分は己の信条を守っただけである。

『えぇー!?』

体育館の外まで響く大音量が聞こえた。怪訝に思って千秋が走るスピードを少し速めて体育館の扉から中を覗き込むと、半裸の男子生徒が十数名。
一体何の宗教団体であろうか。
そして先ほどの叫び声の原因はどうやら自分の級友らしい。大方また気づかれずに話を進められ掛けて声を掛けたところ、やっと気づかれてひどく驚かれたと。そういうことだろう。
千秋が入るタイミングを窺っていると、丁度中に居た先輩らしき眼鏡を掛けた男子生徒が千秋に気づき、リコに呼び掛けてくれた。

「あら、千秋君。遅かったのね」
「人助けしてた」

リコと言葉を交わしつつ後から入ってきた千秋は否が応にも部員たちの視線を集めてしまい、首を竦める。その視線の中には近くの席になった火神大我と、級友___黒子テツヤの視線も混ざっており、彼らは驚いたように千秋を見つめている。
そんな視線に千秋は気づかない振りをして、鞄の中からファイルを出してリコに手渡す。

「これ春休み後のやつ。最後の紙に年間の推移印刷してあるから参考にして」
「ありがとう。お疲れさま。今回は早かったのね」
「何せ徹夜だから。っていうか今日までに仕上げろって無理言ったのそっちじゃん。睡眠返してほしいよ」
「あれ? そうだったっけ?」

しれっととぼけるリコにため息を吐いて、鞄のファスナーを閉める。

「もう帰るの?」
「渡すもの渡したし、今日はもうすぐ終わりだろ?  居る必要ないだろうし帰るよ」
「えー、一緒に帰ろうよー」
「家逆方向だろ。外暗くならないうちに帰りなよ」

むくれるリコを軽くいなして千秋は体育館を出た。

▽▼▽▼

見慣れた背中を見送って、リコはくるりと部員を振り向いた。部員たちは、新入生も含めて何が何だか分からないというような困惑顔である。
まあ無理もないわね、と内心呟き、説明するべく口を開いた。

「さっきのは私のはとこで1年生の柊千秋君よ」
「柊千秋…?」

どこかで聞いたような、と首を傾げるのはバスケ部主将の日向順平である。日向の言葉に釣られて他の何人かも記憶を辿っている。

「帝光中の、って付けたら、分かるかしら?」
「帝光中の、」
「柊千秋…?」
「……あっ!  思い出した!  キセキの世代“先代”の!」

そう言ったのは副主将の伊月俊で、その後その場に居るほぼ全員が納得したように声を上げていた。リコは千秋が聞けば全力で「やめて下さい!」と制止するであろう異名に苦笑する。
本当にこの異名が嫌いだったなぁ千秋君は。あと自分のプレイを評する言葉も。「何だよそれ恥ずかしいな!」と嫌な顔をする千秋もついでに思い出す。

「まあそうよ」
「何でその柊千秋が……」
「えっとね、確か…千秋君が中学2年の時の全中前だったかな?  事故に遭って膝を故障しちゃったの。今はバスケが全く出来ないわけじゃないんだけど、選手として試合に出るのは無理だって言われてね。それでもマネージャーとして入ってくれないかしらってお願いしたんだけど、残念ながら断られちゃって。それでもどうしてもって頼み込んだら、入部はしないけど私のサポートくらいならって渋々ね」
「何でそこまで……?」

それは気になるところだろう。いくらはとこだからと言ってリコがそこまで頼み込む必要性は感じない。
リコは「これよ」と言ってファイルを軽く振った。部員たちが不思議そうに見つめるなか、リコはファイルの中身を取り出して、全員に見えるようにひらりと表に返した。全員がそれを見て目を見開く。
【01:日向順平】と1番上にナンバリングされた名前と日付が書かれている。その下には身長や体重などの基本的な身体数値、誰もが一度は見たことがあるであろう五角形グラフ、細かい数値の書かれている棒グラフ、下には細かな注釈や不足点などが簡潔に纏められており、図形はご丁寧にもカラーリングされてあるので非常に見やすくなっている。

「これ、誰が…」
「千秋君よ」
「嘘ぉ!?」

ほぼ全員が叫んだのも無理はない。そのデータは、素人でも分かるほど緻密で恐らく正確な…、少なくとも普通の高校生が作成出来るような代物ではないからだ。

「ね? 私が欲しがるのも分かるでしょ?」
「…あの、」
「っ!? …あ、なに?」
「千秋君はいつからこんなことを…?」
「え? あ、そっか。黒子君も帝光だものね。千秋君が中3の頃からやってもらってたわ」
「初めて知りました。千秋君はデータ解析も得意なんですね」

黒子はデータを興味深そうに見つめている。
リコは気を取り直すように咳払いをすると、部員たちを見回して言った。

「まあそういうわけだから、千秋君は私のサポートをしてくれることになってるから。よろしくね」


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