バレンタイン

2/14、聖バレンタインデーである。外国では一種の『神聖なる日』であるが、ここ日本では『乙女の戦争』だ。
まあそんなことはどうでもいい。自分は元より参加する気はない――と高を括っていたのがいけなかったのだろうか。バレンタイン一週間前に幼馴染である黒子から言われたのは「もう作るチョコは決めましたか」だった。最初は本当に何を言っているのかさっぱりで相当怪訝な顔をしたものである。それから遅れてバレンタインの話か、と理解が追いつき、「何言ってんのよ、毎年チョコケーキでしょ」と返したらすごい目で睨まれた。幼馴染が怒るのはそれなりに珍しいのでそんなにチョコケーキが嫌なのかと思ったらどうやら見当違いだったらしい。

「僕にくれる方のことを言ってるんじゃないです。いるでしょう、僕以外にもあげなきゃならない人」

***

相変わらず黒子は突き放したいんだか背中を押したいんだかよく分からない背中の押し方をする。
1人分のボールの音が聞こえる体育館の前で夏目はため息を吐いた。左手には可愛くラッピングされたチョコレート。現在青峰は体育館の中で自主練中で、渡すには今しかない。ええい、ままよ。
体育館の扉を開くとちょうどシュートを決めたところだったらしい青峰がこちらを振り向き、驚いたように目を見開いて着地に失敗して後ろ向きに盛大に転けた。

「馬鹿なの?」
「うっせ、お前のタイミングが悪ぃんだよ」

挫いた足を手当しながら夏目は呆れた表情で青峰を見た。青峰はふてくされたようにそっぽを向き、軽く打ち付けた後頭部に手を回す。もう痛みは残っていないようだ。

「てゆーか、夏目は何しに来たんだよ」
「あたし……は、その、」

テーピングをしながら口籠もって視線を下にやる。ラッピングされたチョコレートに未だ気付かれていないのは幸か不幸か。
__違う、あたしが渡したいわけじゃなくて……、そう、渡さないとまたテツヤがうるさいし、こんならしくもない可愛いラッピングしたのだってテツヤに見られて渋い顔されないためだし、何で青峰以外の人の分がないかってそれは、その、ざ、材料が足りなかっただけだし!

「あ、……あのね、」
「あのっ、青峰君、いますかっ?」

覚悟を決めて声を発した夏目に被せるように体育館の扉を開く音と女の子の声が聞こえた。
出鼻を挫かれて心を折りかけながらそちらを振り向く夏目と青峰。まさか青峰1人しか選手がいないとは思っていなかったのだろう女の子は少したじろぎながら、「えっと、あの……」と口ごもる。
青峰はきょとんと女の子を見て首を傾げるが、夏目はさすがに気づいた。スカートの裾からちらちらと覗く赤色はラッピングされた__おそらく中身はチョコレート。そして女の子が恥ずかしそうに顔を赤らめているのから察してそのチョコレートを渡して青峰に告白する気なのだろう。
その子は見るからに可愛らしい女の子の典型で、体型も……どちらかといえば青峰好み。
……なーんだ、
決意した言葉は冷水をかけられたように冷え切って小さくなっていく。夏目はため息を吐いてテーピングした青峰の足首を軽く叩いた。

「ほら、終わったから行きなさいよ」

「え、お前なんか用事あんじゃねーの?」と戸惑う青峰に夏目は首を振って「別に。赤司君に言われて様子見に来ただけだから」と返し、女の子の方に青峰を押し出す。
青峰は何だか腑に落ちないような顔で女の子の方に歩いていき、2、3言葉を交わしてから体育館から出て行った。女の子は体育館を出る直前、夏目にぺこりと頭を下げていく。その意図は恐らく、ありがとうだか助かりましただか。どちらにせよ皮肉ではない。
__振られちゃえばいいのになんて、考えるあたしの方がよっぽど性格悪い。



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