始まらなかった恋の話

6時を過ぎてもまだ明るいところを見るにもう完全に夏の気配である。前を歩く夏目のスカートが目に悪い。
「っていうかアンタそこまで頭悪くないじゃない。誰かに教えてもらうほど?」となかなかに鋭い指摘を投げてくる夏目の背中に苦笑して、そりゃこじつけだからね、と内心で呟く。緑間もいる時に教えてくれと頼んだのは不自然さを隠すためだ。案の定緑間は素っ気なく断り、聞いていた夏目が引き受けてくれたわけだ。
そんな内心を明かしても気づかないというほどに夏目は鈍感じゃないだろうし、それにまだ当分気づかれるつもりはない。そこに切り込まれると厄介なので「授業料にアイス奢るけど食う?」とおどけて問いかけると即断で「食べる」という返事が返ってきた。

***

「夏目はさぁ、」
「んー?」
「好きな奴とかいんの?」

ぼうっとアイスに齧りついていた夏目は高尾の問いに目を見開いて勢いよく振り返る。「なっ、……に言い出すのよいきなり」と高尾を睨む夏目に笑って「何となく」と答えた。夏目は何となくって……などとひとしきりぼやくと「いる、……かな」と小さく呟いた。

「へー、それっていつも話してる中学の時の?」
「はぁ!? べっ、別にアイツなんかじゃ……!」

にやつきながら別に誰とは言ってないけど? と言えば夏目は悔しげに唇を噛んだ。ちょろい。
「誰なの?」と尋ねるがそれ以上は口を割るものかとでも言うようにむっすり黙り込んでしまっている。

「バスケ部で真ちゃんの近くにもいた奴だろー? やっぱ『キセキの世代』? あーでもやっぱなー決めつけよくないよなー、それなら真ちゃんに聞いた方が……」
「あーもう、分かったわよ話すわよ! だから緑間君には聞かないでよね!」

最初から言えばいいのにー、と笑えばとても殴りたそうな顔をされた。
ため息を吐いて俯いた夏目の言った声がよく聞き取れなかったので「え?」と聞き返すと、今度は普通の声量で言い直してくれた。

「青峰大輝。アンタも名前くらいは知ってるでしょ」
「キセキの世代のエースじゃん。また大物狙いにいったね」
「……そうかもね、」

何かに刺されたような表情を一瞬だけ浮かべた夏目に地雷でも踏んだかと危惧したが、何に傷ついたのかも分からないのに謝るのもどこか違う気がしたので、すぐに普段の表情に戻った夏目に甘えることにした。

「ただの片想いだけどね、」

メジャーな名前のソーダアイスの最後のひとくちを食べながら言われた台詞に思わず夏目を見つめた。切ないような甘いような、焦がれるような視線を宙に投げる夏目を見て不意に自覚した。
__これは天地が引っくり返っても絶対に勝てない。
それに片想いなんかじゃない。夏目の話を聞いているだけの自分でも想い合っているのが痛いくらい分かるのだから。なぜ本人たちが気づかないのかと言いいたくなるほどに。当人同士になれば盲目になるのだろう。相手の気持ちを正確に読み取れなくなる。
今なら、大丈夫だ。なぜなら自分の気持ちも相手の気持ちも明確に正確に読み取れている。今ならまだ引き返せる。
勝つ勝負しかしないなんていう恵まれた人間の性質なんて持ってないが、絶対に報われない勝負をするほど直情的な質でもない。

「高尾?」

揺れる黒髪がこんなに愛しく思えるのも、自分を呼ぶ声が甘美な響きを持つように聞こえるのも、きっともう今日で、この瞬間で最後なんだろう。
もうこの感情に、何か名前を付けるわけにはいかない。
アイス溶けるよ。こちらを見る夏目にいつも通りの笑顔を向けて、残りのアイスを片付けてから夏目の肩を軽く押した。

「明日もよろしく」
「アイス付きならね」

__恋と言うにはあまりにも小さな、けれど友情と呼ぶには少し突出した感情は自分自身によって握り潰された。






始まらなかった恋の話
20141214

→後書き

[*prev] [next#]





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -