*
『リリス様、これは何ですか?』
「これはね〜鬼灯様が琴音ちゃんのことを、もっともっと好きになっちゃう薬よ。」
日本に遊びに来ていたリリスにたまたま会った琴音は、渡された薬をじっと見つめる。
『惚れ薬…というものですか?』
「ん〜…ちょっと違うわね。言うなればそうね…より一層夢中になる薬かしら?」
『それでしたら、私はもう十分に…』
「それに、きっと鬼灯様も喜んでくれるはずよ。」
『鬼灯様が……』
断ろうとしていた琴音であったが、鬼灯が喜ぶという言葉に、ピクリと反応した。
『わかりました。飲んでみます。』
「そうこなくっちゃ。結果はまた後で教えてね。」
そう言うと、リリスは手を振ってその場を去っていった。
取り残された琴音はじっと薬を見つめると、意を決してこくりと飲んだ。
けれど、特には何の変化もない。
((これから効いてくるのでしょうか…?))
不思議に思いつつ、琴音は家へと帰った。
『ただいま戻りました。』
玄関の扉を開けて中に入ると、子供たちが出迎える。
「「かあさま、おかえりなさい!」」
『ただいま。』
軽く微笑み、琴音はさっさと家の中へ入る。
そんな彼女に双子は首をかしげる。
「かあさま、どうしたのかなぁ。いつもなら、いい子にしてましたかってなでなでしてくれるのに…。」
「ね。つかれてるのかな…?」
ぽつりと呟いて、キッチンへ向かうと、琴音は夕食の準備をしていた。
「かあさま、何かお手伝いすることある?」
『いえ、特には。』
「え…でも、いつもなら…」
『大丈夫ですから。ここは危ないですし、あなたたちはテレビでも見ていなさい。』
さらりと言う琴音に戸惑いつつ、双子は"はーい"と返事をして、リビングへと向かった。
「ねぇ、なんかやっぱり変だよね?」
「うん…あんまりにこってしてくれないし、どうしちゃったのかなぁ。」
不安げな優杜希の頭を萌衣梨は優しく撫でる。
「大丈夫だから、そんな顔しちゃダメ。とうさまがきっと、理由を聞いてくれるよ。」
「うん……」
そんな話をしているうちに"ご飯ができましたよ"と声がかかり、2人はダイニングへと向かっていった。
その夜、子供たちを寝かしつけた琴音がリビングで本を読んでいると、鬼灯が帰ってきた。
「琴音」
『おかえりなさいませ、鬼灯様。今、夕食を温めますね。』
そう言って立ち上がった琴音を鬼灯はぎゅっと抱き締める。
「今日はどうして出迎えてくれなかったんですか?」
『すみません、読書に夢中で…。』
「何かあったのですか?」
『いえ、特には。それより、夕食の準備をしたいので離していただけませんか?』
淡々と答える琴音に、鬼灯は驚き、体を離して彼女の顔を覗き込む。
「本当に…琴音ですよね?」
『どうなさったのです?急に。』
「いえ、何だかいつもと違うようなので。」
言いながら、鬼灯は琴音を見つめる。
(見た目に変わりはありませんが…明らかに中身が違っているような…。現に、ここまで顔を近づけても顔色一つ変えないなどと言うことは今まで無かったですし…。)
そう考えた鬼灯は、さらにぐっと顔を近づける。
『鬼灯様?あの、離してくだ…』
「ダメですよ。迎えに来なかったお仕置きをしなくては。」
『え…何を、』
言いかけた琴音の唇を塞ぎ、鬼灯はぎゅっと抱き寄せた。
『んっ…!』
抵抗しようとする琴音の手を掴み、鬼灯はペロリと上唇を舐め、開いた唇から舌を滑り込ませた。
いつもなら、戸惑いがちに絡めてくる舌が、今は逃げ惑っている。
(やはり…何かおかしいですね…。)
そんなことを思いながら、舌を無理矢理絡めとり、深く口づけ、鬼灯は琴音をソファに押し倒した。
唇を離せば、琴音はいつものように大きく肩で息をする。
けれど、見上げてくる目は困ったような愛らしい目では無く、少し反抗的で軽く睨むような目だった。
そんな琴音の表情に鬼灯はゾクリと何かを感じ、ニヤリと笑みを浮かべる。
「ほう……あなたにそんな表情ができるとは思いもしませんでした。何があったか知りませんが、たまにはいいですね…そういう顔も。」
するりと頬を撫でると、琴音はその手を軽く払う。
『やめてください鬼灯様。私、こういうのは嫌いです。』
「ダメですよ。言ったでしょう?お仕置きだと。」
尚も睨んでくる琴音に鬼灯はクスリと笑う。
「あなたは私の性格を知っているでしょう?そういう顔をされると…」
そこまで言って、鬼灯はぐっと耳元に唇を寄せる。
「余計に燃えます。」
『!』
耳元で囁き、彼女の着物の合わせ目に手をかけた瞬間――
『ほ、鬼灯様っ!待ってくださいっ!』
さっきとは違った声音に顔をあげると、いつも通りの琴音の表情に戻っていた。
「琴音…?」
『あ、あのっ、事情を説明したいので、とりあえず退いていただけませんかっ?』
顔を真っ赤にして言う琴音に、鬼灯は仕方なく彼女の上から下りた。
「で、それを何も疑わずに飲んだと。」
『ご、ごめんなさいっ!それで体が思うように動かなくて、意思とは関係無く、あのようなことに…。』
事情を聞いた鬼灯は思わずため息を吐く。
「なぜ、そう簡単にあなたは受け入れてしまうんでしょうね…全く。危険な薬だったら、どうするんですか。」
『うっ…リ、リリス様はお友達ですから…大丈夫かなと…。』
「あの人は危険ですよ。仲良くするなとは言いませんが、少し警戒なさい。」
『はい…。それに…リリス様が鬼灯様が喜んでくださると仰ったので、つい…。』
「私が喜ぶ?」
そこで、鬼灯は先程の琴音の様子を思い出した。
「確かに、あれはあれで魅力的でしたが…私は今のままの、そのままのあなたが好きですよ。」
『鬼灯様……』
嬉しそうに微笑む琴音に鬼灯も軽く微笑むと、再び彼女をソファに押し倒した。
『え…あの、鬼灯様…?』
「私を喜ばせてくれるんですよね?琴音。」
『えっと、いえ、その…っ』
「それに、まだお仕置きしてませんからね。」
『いえですから、それはさっきの薬でっ!』
「言い訳は聞きませんよ。」
鬼灯はゆっくりと顔を近づけ、鼻先がくっつきそうなほどの距離で口を開く。
「覚悟していてくださいね?琴音」
『!!』
((やはり…いつも通りがいいですね。))
さっきとは打って変わり、真っ赤になって自身の言動に反応する琴音に、鬼灯は満足げに笑うと、彼女の唇を塞いだ。
END
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