*運命の人
「はぁ〜あ…琴音ちゃん遊びに来ないかなぁ。」
「何言ってるんですか。そんなこと言ってると、また鬼灯さんに殴られますよ。」
「うげぇ。ちょっと桃タローくん、あいつの名前なんて出さないでよ〜!」
思わず顔を歪める僕に、桃タローくんは心底呆れたような表情になる。
「そんなことより、早く仕事してください!」
「はいはーい。」
適当に返事を返しつつ、僕は始めて琴音ちゃんと出会った時のことを思い出していた。
*
とある日のこと。
一人、せっせと頼まれた薬を作っていると、ガラリと店の引き戸が開いた。
「いらっしゃいませ」
顔をあげると、見たことのない鬼の女の子が入ってきた。
(うわ!すごい美人な子!)
そんなことを思いながら、いつも他の女の子にしているように、にっこりと笑みを浮かべながら彼女に近づいた。
「こんにちは。初めましてだよね?」
『はい。』
「名前教えてくれる?」
『琴音と言います。』
「琴音ちゃんね。OK。覚えたよ。僕は白澤。よろしくね、琴音ちゃん。」
『あ、はい。どうぞよろしくお願いします。』
にっこりと笑う琴音ちゃん。
笑うとさらに可愛いなぁなんて考えていると、琴音ちゃんが口を開く。
『あの、こちらに怪我に効くお薬はありますか?』
「うん、あるよ〜。どうしたの?琴音ちゃん、どこか怪我してるの?」
『いえ、私ではなく母が。』
「そっかぁ…それはお気の毒に。じゃあ今から作るから、そこで待っててくれる?」
『はい。』
可愛らしく返事した彼女に微笑みかけると、僕はカウンターへと向かった。
*
「はい、お待たせ。」
『ありがとうございます。』
「いえいえ。」
琴音ちゃんはお金を払うと、ふと、僕のことをじっと見つめた。
「どうしたの?」
『いえ、あの…ちょっと気になってたんですけど…その頬、どうなさったのですか?』
初対面にも関わらず、心配げに僕の腫れた頬を見つめる琴音ちゃんに、僕は優しいな〜なんて考えながらヘラリと笑う。
「あ〜これはねぇ〜…ちょっと女の子に叩かれちゃって。」
『え…あ…すみません…私、無神経なことを…。』
申し訳なさそうにうつむく彼女。
きっと、彼女にフラれたとかそういう勘違いをしたのだろう。
だから、僕は"いやいや"と手を横に振った。
「ちょっと遊んでた女の子に叩かれちゃっただけだから、気にしないで。」
『遊び…?』
「うん。僕、遊んでばかりだからね〜。」
苦笑しながら言いつつ、純粋そうな彼女には嫌われちゃったかも知れないな〜なんて、言ったことをちょっと後悔する。
けれど、彼女は嫌悪するような素振りは見せず、少し考えるようにうつ向くと、また僕を見上げた。
『それって、ご自身に合う運命の人を探してらっしゃるんじゃないですか?』
「え……」
予想外の言葉に僕は思わず間の抜けた声を漏らした。
(びっくりした…そんな風に言われたのは初めてだなぁ。でも別にそういうわけじゃないんだよな〜。)
そんなことを考えつつ、僕は少し苦笑いを浮かべる。
「う〜ん…そうなのかなぁ…。」
曖昧に答える僕に、彼女は"きっとそうですよ"と言うと、僕の手をとった。
『いつか見つかるといいですね。素敵な運命の人。』
「!!」
きらきらとした太陽のような優しい笑顔と言葉に、ドキドキと高鳴る僕の胸。
(何だろう…今までに無い感覚…。もしかして、彼女が……)
運命の人――?
運命なんて考えたことも無かった。
けれど、その時僕は不思議と素直にそれを受け入れられる気がした。
『では、失礼しますね。』
そう言って笑って店を後にした彼女の後ろ姿を見つめながら、次会ったら、告白してみようかな…なんてらしくないことを考えた。
けれど、彼女はそれ以来店に来ることは無かった。
きっと、彼女のお母さんの容態が良くなったのだろう。
そして、そんな彼女と次に再会した時――
彼女は既に、あいつのモノになっていた。
*
――そして現在。
(あ〜あ…あの時住所聞いて、自分から会いに行けばよかったなぁ〜。)
「何て言っても、もうどうしようも無いんだけど…。」
「え?何ですか?何か言いました?」
くるりとこちらに顔を向けた桃タローくんに、僕は何でもないよと笑みを浮かべる。
(う〜ん…この僕が1人の女の子にここまで入れ込んじゃうなんてなぁ〜。)
そんなことを思いながら自分に苦笑しつつ、会いたいなぁ…とぽつりと呟いた。
と、次の瞬間――
『すみません、お薬いただけますか?』
今まさに考えていた琴音ちゃんが、店の引き戸から顔を覗かせた。
「「!!」」
そのことに驚く僕と桃タローくんに、琴音ちゃんは不思議そうに首をかしげる。
『どうなさったのですか?』
「い、いえ、なんというか…」
うわぁ…ほんとに来ちゃったよ…なんて小さく呟く桃タローくんをよそに、僕は嬉しくなって琴音ちゃんに駆け寄った。
「あのねっ、今まさに琴音ちゃんに会いたいなぁって考えてたとこだったんだ!だから、びっくりしちゃって。」
『まぁ。そうだったのですか。じゃあもしかしたら、白澤様に呼びよせられたのかもしれませんね。』
可愛らしい笑顔で冗談っぽく言う琴音ちゃんに、僕はまた、"やっぱり琴音ちゃんは僕の運命の人だな"と思わずにはいられなかった。
(やっぱり諦めきれないなぁ…)
((え…?))
(ううん、なんでもないよ!さ、どうぞ。)
END
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