番外編 | ナノ


*運命の人







「はぁ〜あ…琴音ちゃん遊びに来ないかなぁ。」

「何言ってるんですか。そんなこと言ってると、また鬼灯さんに殴られますよ。」

「うげぇ。ちょっと桃タローくん、あいつの名前なんて出さないでよ〜!」


思わず顔を歪める僕に、桃タローくんは心底呆れたような表情になる。


「そんなことより、早く仕事してください!」

「はいはーい。」


適当に返事を返しつつ、僕は始めて琴音ちゃんと出会った時のことを思い出していた。





とある日のこと。


一人、せっせと頼まれた薬を作っていると、ガラリと店の引き戸が開いた。


「いらっしゃいませ」


顔をあげると、見たことのない鬼の女の子が入ってきた。


(うわ!すごい美人な子!)


そんなことを思いながら、いつも他の女の子にしているように、にっこりと笑みを浮かべながら彼女に近づいた。


「こんにちは。初めましてだよね?」

『はい。』

「名前教えてくれる?」

『琴音と言います。』

「琴音ちゃんね。OK。覚えたよ。僕は白澤。よろしくね、琴音ちゃん。」

『あ、はい。どうぞよろしくお願いします。』


にっこりと笑う琴音ちゃん。


笑うとさらに可愛いなぁなんて考えていると、琴音ちゃんが口を開く。


『あの、こちらに怪我に効くお薬はありますか?』

「うん、あるよ〜。どうしたの?琴音ちゃん、どこか怪我してるの?」

『いえ、私ではなく母が。』

「そっかぁ…それはお気の毒に。じゃあ今から作るから、そこで待っててくれる?」

『はい。』


可愛らしく返事した彼女に微笑みかけると、僕はカウンターへと向かった。







「はい、お待たせ。」

『ありがとうございます。』

「いえいえ。」


琴音ちゃんはお金を払うと、ふと、僕のことをじっと見つめた。


「どうしたの?」

『いえ、あの…ちょっと気になってたんですけど…その頬、どうなさったのですか?』


初対面にも関わらず、心配げに僕の腫れた頬を見つめる琴音ちゃんに、僕は優しいな〜なんて考えながらヘラリと笑う。


「あ〜これはねぇ〜…ちょっと女の子に叩かれちゃって。」

『え…あ…すみません…私、無神経なことを…。』


申し訳なさそうにうつむく彼女。


きっと、彼女にフラれたとかそういう勘違いをしたのだろう。


だから、僕は"いやいや"と手を横に振った。


「ちょっと遊んでた女の子に叩かれちゃっただけだから、気にしないで。」

『遊び…?』

「うん。僕、遊んでばかりだからね〜。」


苦笑しながら言いつつ、純粋そうな彼女には嫌われちゃったかも知れないな〜なんて、言ったことをちょっと後悔する。


けれど、彼女は嫌悪するような素振りは見せず、少し考えるようにうつ向くと、また僕を見上げた。


『それって、ご自身に合う運命の人を探してらっしゃるんじゃないですか?』

「え……」


予想外の言葉に僕は思わず間の抜けた声を漏らした。


(びっくりした…そんな風に言われたのは初めてだなぁ。でも別にそういうわけじゃないんだよな〜。)


そんなことを考えつつ、僕は少し苦笑いを浮かべる。


「う〜ん…そうなのかなぁ…。」


曖昧に答える僕に、彼女は"きっとそうですよ"と言うと、僕の手をとった。


『いつか見つかるといいですね。素敵な運命の人。』

「!!」


きらきらとした太陽のような優しい笑顔と言葉に、ドキドキと高鳴る僕の胸。


(何だろう…今までに無い感覚…。もしかして、彼女が……)


運命の人――?


運命なんて考えたことも無かった。


けれど、その時僕は不思議と素直にそれを受け入れられる気がした。


『では、失礼しますね。』


そう言って笑って店を後にした彼女の後ろ姿を見つめながら、次会ったら、告白してみようかな…なんてらしくないことを考えた。


けれど、彼女はそれ以来店に来ることは無かった。


きっと、彼女のお母さんの容態が良くなったのだろう。


そして、そんな彼女と次に再会した時――


彼女は既に、あいつのモノになっていた。







――そして現在。


(あ〜あ…あの時住所聞いて、自分から会いに行けばよかったなぁ〜。)


「何て言っても、もうどうしようも無いんだけど…。」

「え?何ですか?何か言いました?」


くるりとこちらに顔を向けた桃タローくんに、僕は何でもないよと笑みを浮かべる。


(う〜ん…この僕が1人の女の子にここまで入れ込んじゃうなんてなぁ〜。)


そんなことを思いながら自分に苦笑しつつ、会いたいなぁ…とぽつりと呟いた。


と、次の瞬間――


『すみません、お薬いただけますか?』


今まさに考えていた琴音ちゃんが、店の引き戸から顔を覗かせた。


「「!!」」


そのことに驚く僕と桃タローくんに、琴音ちゃんは不思議そうに首をかしげる。


『どうなさったのですか?』

「い、いえ、なんというか…」


うわぁ…ほんとに来ちゃったよ…なんて小さく呟く桃タローくんをよそに、僕は嬉しくなって琴音ちゃんに駆け寄った。


「あのねっ、今まさに琴音ちゃんに会いたいなぁって考えてたとこだったんだ!だから、びっくりしちゃって。」

『まぁ。そうだったのですか。じゃあもしかしたら、白澤様に呼びよせられたのかもしれませんね。』


可愛らしい笑顔で冗談っぽく言う琴音ちゃんに、僕はまた、"やっぱり琴音ちゃんは僕の運命の人だな"と思わずにはいられなかった。

















(やっぱり諦めきれないなぁ…)

((え…?))

(ううん、なんでもないよ!さ、どうぞ。)



END

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