*椿姫-後編-
「どうしたの?鬼灯君。今日は元気ないみたいだけど…。」
「相当お疲れなんじゃないですか?鬼灯様。」
閻魔大王と、閻魔殿に来ていたお香の2人に心配げに見つめられるも、鬼灯は首を横に振る。
「いえ、別にいつもと変わりませんよ。」
「いやいや、そんなことないって〜!」
「もう長い付き合いなんですから、見ていたら分かりますよ。何かあったなら、よければ話してもらえませんか?」
真剣な表情の2人に、鬼灯はため息をつくと、口を開く。
「実は――」
「えぇ!?琴音ちゃんの元旦那!?」
「まさか琴音様が結婚されていたなんて…。」
「当時は結婚する年齢が早かったですから、結婚していてもおかしくありませんよ。」
「それはそうだけど…鬼灯様はそれでよかったのですか?」
「そうだよ!何で行かせたの!?琴音ちゃんがもし、その人の元へ戻るなんてことになったら…!」
「いいんですよ。それならそれで。」
あっさりと言い切る鬼灯に、閻魔大王もお香も表情を歪める。
「私が望むのは、彼女の幸せです。彼女が、私の元へ戻ってきてくれれば嬉しいですが、彼を選ぶというなら、私はそれに従うだけです。」
「鬼灯君……」
「鬼灯様……」
複雑な表情の2人に鬼灯は淡々と続ける。
「まぁ、とは言っても、それは最悪の場合の話ですから。きっと大丈夫ですよ。私は彼女を信じています。」
「そうだよね…!琴音ちゃんなら、きっと戻ってくるよね!」
「えぇ。ほら、もうこの話は終わりです。さっさと仕事してください。」
「…………。」
途端に元の調子に無理矢理戻した鬼灯を、お香は心配そうに見つめていたのだった。
その頃、琴音は桃源郷を歩いていた。
そして目的地まであと数十メートルというところで、足を止める。
((この先に…幸成様が…))
琴音は自身の頬をパンパンと軽く叩くと、歩みを進めた。
そして、待ち合わせ場所に着くと、すでにそこには懐かしい幸成の姿があった。
何となく、声をかけられずにいると、幸成が琴音に気づいた。
「つば…き……?」
『……お久しぶりです、幸成様。』
軽く頭を下げ、ゆっくりと顔をあげた瞬間――
「椿っ…!!」
走り寄ってきた幸成に、ぎゅっと抱き締められた。
『幸成…様…。』
久々に感じる大好きだった人のぬくもりと匂い。
驚きつつも、琴音はどこか懐かしさと胸の高鳴りを感じていた。
「椿…いや、琴音…!ずっと、会いたかった…。会って、謝りたかった…!」
そう言うと、幸成はバッと体を離し、彼女の頬を撫でる。
「本当にすまぬことをした…。お前に…辛い思いをさせてしまった…。」
『いえ、もういいんです。あの時代、ああいうことはよくありましたから。』
「いや…それでもお前は、私が初めての相手だったのだろう?挙げ句、若くして命を…」
『それはあなたも同じことでしょう。それに、私は厳密には死んだのとは違います。』
「あぁ…その角と耳…鬼か…?」
幸成の問いに、琴音はこくりと頷く。
「そうか…すまない。私のせいで姿まで…」
『いえ、これは違います。』
「そうなのか?」
『はい。これは、別の理由があってこうなったのです。でも、そのことはいいんです。最初は動揺しましたけど…この姿のお陰で、私は今、とても幸せなのです。』
「そうか…それならよかった。」
『幸成様こそ、私が怖くないのですか?』
「怖くなどない。琴音は琴音だろう。」
そう言ってあの頃のような笑みをみせる幸成に琴音は心が暖かくなるのを感じた。
((そうだ…この人は、本当に心の優しい方だった…。だからこそ、私は…最後まで嫌いにはなれなかった。))
「琴音、私を……恨んでいるか?」
不安げに揺れる幸成の瞳。
そんな彼に琴音は首を横に振る。
『いいえ。恨んでなどいません。むしろ感謝しています。』
「感謝…?」
『えぇ。辛い時も確かにありましたが、誰かを愛すること、誰かに愛されること…それを教えてくださったのは全てあなたでした。』
「琴音…」
『私はあなたに出会って、たくさんのことを知りました。あなたは私の全てでした。本当にありがとうございました。そして……』
そこまで言うと、琴音はにっこりと微笑む。
『本当に幸成様をお慕い申し上げておりました。』
「っ……!!」
幸成はたまらず、琴音を抱き締めた。
「私は、お前に感謝される資格など無い。だが、それでもお前が喜んでくれていたのだと言うのなら、それだけで救われる。」
『もうご自分を責めないでください。』
「あぁ…だが、お前のように本当に私を愛してくれた人を捨てるなど、私は本当に愚か者であった。」
幸成は自嘲しつつ、そっと彼女の手を取る。
「琴音。こんな愚か者ではあるが、私にもう一度、情けをかけてくれぬか?」
『え…?』
「私と一緒に、この桃源郷で暮らしてほしい。」
『!!』
幸成の言葉に琴音は目を見開く。
『で、でも、今の私は鬼でございますよ…!?』
「構わない。さっきも言っただろう?琴音は琴音だと。」
幸成の言葉に、琴音の中には徐々にあの頃の気持ちが甦ってきていた。
「もう二度と、お前に辛い思いはさせぬ。今度こそ、幸せにしたいのだ。」
『幸成様…』
凍りついていたものが溶かされていくような、心が揺らぐ感覚。
琴音はぎゅっと拳を握ると、ゆっくりと口を開いた。
『幸成様、私――』
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