地獄の沙汰も嫁次第 | ナノ

溢れ返ってきたヨッパライ






「あぁ〜飲み明かすのって、日本の伝統って感じするなぁ。」

「因習ですよ。」


頬を赤く染めながら、楽しげに笑う閻魔大王に鬼灯はため息をつく。


しかし、そんな鬼灯にお構い無しに閻魔大王は口を開く。


「そうだ!聞いてよ鬼灯君。みんなにも聞いてほしいなぁ。孫の坊がね、わしを指さして"地獄逝き!"って言うんだよ。」

「ほらほら空気なんて読まなくていいですから。今帰らないと、大王のお孫様語りが始まりますよ。」

「そうそう。」


鬼灯の言葉に閻魔大王が自分でうんうんと頷くと、獄卒達は一斉に店を飛び出した。


「帰るぞ〜!!!!」

「タイミングつくってくれてありがとう鬼灯様!」


早口で言って出ていく獄卒たちの様子に鬼灯は呆れたように口を開く。


「叫喚地獄の亡者どもと同じですよ。これじゃ。」

『みなさん帰ってしまいましたね…。』

「叫喚地獄…?」


苦しげに尋ねながらゆっくりと起き上る桃太郎に鬼灯が説明する。


「まぁ、平たく言うと酒乱の堕ちる地獄です。」

「へぇ…うぅ…。」


頭を押さえる桃太郎を琴音は心配そうな表情で見つめる。


『大丈夫ですか?桃太郎さん。』

「えぇ…だいぶさめてきました…。」

「あそこの16の小地獄は、すべて酒がらみの罪人、酒乱の巣窟でしてね。」


鬼灯が説明を始めたその時、1人の獄卒が慌てたように店の扉をガラリと開き、中に入ってきた。


「あっ、いた!大王!鬼灯様!きょ、叫喚地獄の亡者どもが…雑用係・八岐大蛇の持っていた酒を奪いました!」


獄卒の言葉に思わず立ち上がる鬼灯。


「どういうことですか!せっかく更生施設で禁酒リハビリをしていたというのに!」

「鬼灯君、そんなふうに捉えてたんだ…。」

『叫喚地獄は更生施設なのですね…。』


(そして八岐大蛇は雑用やってんだ…)


なんとも言えない表情になった桃太郎の前に、白澤はうさぎ型に切ったりんごを置く。


「なになに?雑用?リハビリ?」

「あっ、ありがとうございます。」

「ん、いいよ〜。」


白澤がひらひらと手を振りながら応える中、獄卒は青ざめた表情で口を開く。


「な…なんというかもう…"帰って来たヨッパライ"フルコーラスでドンチャンベロンベロンです!」

「歌詞は微妙にマッチしてますが地獄で"天国よいとこ"などと歌われては屈辱です!」

「正確だけどよく分からん分析するなぁ。あいつ。」


白澤が呆れたように言うと、鬼灯は出ていく準備を始める。


「鬼灯君、わしも行くよ。」

「大王はどうぞここにいてください。ボスは会議室にいていいのです。事件が起こっている現場へは部下である私が行きます。」


閻魔大王を振り返りながらキリリとした表情で言う鬼灯に琴音はうっとりと彼を見つめる。


『鬼灯様、かっこいいです…』

「確かにそうだけど…要するにやっかい払い!?」

「うん!目立つし邪魔!」


言いながら走り去っていく鬼灯に桃太郎が慌てて声をかける。


「あの…何か手伝いましょうか?」

「危険ですから、ついてこなくていいです!」

「あそこの亡者はとにかくタチが悪いんだ。」

『そうなのですか?鬼灯様…大丈夫でしょうか?』


琴音が心配げに呟くと、白澤が口を開く。


「来るなって言われると、行きたくなるよね〜。」


そう言うと、白澤は"ふふん"と笑ったのだった。









叫喚地獄へとやって来た白澤、桃太郎、琴音の3人は酒の匂いに表情をげっそりとさせながら歩いていた。


「飲んでる〜?ヒック!」

「酒臭っ…。」


絡んできた亡者に白澤は思わず顔をしかめる。


「だからついてくるなと言ったでしょう。」


その声に振り返ると、亡者の1人に絡まれている鬼灯の姿があった。


「ここの亡者の罪自体は、」

「ねぇ、お兄さん、知ってる?これ!」

「飲酒による悪行なのですが、」

「お土産〜お土産!うん、なんかお土産ってはははっ!」


その瞬間、鬼灯は絡んで来ていた亡者を金棒で殴り、岩に吹き飛ばした。


「酔って本人の記憶がないため、反省しないのが嫌な特徴なんです。」

「あぁ…自覚がないと、人って屁のカッパですからねぇ。」

「人のさがってやつなんでしょうね。」


すると今度は別の亡者が琴音の肩に手を回して、絡み始めた。


「お姉ちゃん、飲んでる〜?一緒に飲もう〜。」

『いえ、私は…』

「いいじゃん、いいじゃん!美味しいよ〜?」


困ったように笑う琴音の肩を抱いたまま、亡者は歩き出す。


『え…あ、あのっ…!!』

「あれ?お姉ちゃんよく見るとか〜わいいねぇ〜。」

『え…?』


その瞬間、亡者は何を思ったか、琴音に顔を近づけた。


『!!』


驚き、パッと顔をそらした瞬間――


"ガンッ"


「私の妻に手を出すとはいい度胸ですね。阿鼻地獄行きにしますよ。」


金棒で殴ると、鬼灯は亡者を睨み付けた。


『あ、ありがとうございます、鬼灯様。』


駆け寄ってくる琴音を片手で抱き寄せつつ、鬼灯は顔をしかめる。


「あなたも、もっと気を付けなくてはいけませんよ?私がいなかったらどうするつもりだったのですか?」

「そしたら僕が助けるよ〜。」

「お前には聞いてない!」


にこにこと笑う白澤を鬼灯は睨み付けると、再び琴音に視線を移す。


『ごめんなさい…。』


シュン…となっている琴音に鬼灯はため息をつくと、そっと彼女の髪に触れる。


「ちゃんと警戒心を持ってください。いいですね?」

『はい…』


うつ向く琴音の手を取ると、鬼灯は歩き出す。


「ここは今、特に危険ですから私から離れないでくださいね。」

『はいっ…!』


そのまま後ろからやって来た亡者の大衆にまぎれながら、4人は中心部に向かって進んでいった。


「この地獄だけはいつの時代も一定以上の人数がいて、減ることがまずありません。」

「いつの世にもこういう人達がいるってことが証明されてますね…。」

「えぇ。ちなみに、一気の無理強い、下戸への強制、この罪に関しては高度経済成長期以降…」


そこまで言うと、鬼灯は鼻を摘む。


「一気に増えました。」

「会社や大学の影響っすかねぇ。酒豪はかっこいいみたいな風潮、ありますしねぇ。」


そんな話をしている間にも、亡者は大きな酒樽の前にぞくぞくと集まっていった。


「今ここは拡張工事中なんですよ。だから人手が足りなくて、こんな事態に。」

「あれ?そういや酒を奪われた八岐大蛇は…」


きょろきょろとあたりを見回す桃太郎に鬼灯は上を見上げながら口を開く。


「さっきからここにいますよ。」

「ここ?ん?」


それに合わせて全員が上を見上げると、確かにそこには八岐大蛇の姿が。


「須佐之男命に倒されて以来のショック…。」


(あっ…これ変わった柄の岩じゃなかったのか…。)


『まぁ…大きい蛇さんですね。』



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