あなたと私の過去と未来
「全く…往生際の悪い人です。」
家に帰ってくるなり、ため息をつく鬼灯に琴音は苦笑いする。
『でも、私も見たかったです。審判をなさっている鬼灯様のこと。』
「そうですか?別に面白くもなんともないですよ。」
『鬼灯様にとってはそうかもしれませんが…私には新鮮で面白いですよ。それに、衣装を着ていらっしゃったのでしょう?いつもと違う鬼灯様を見れただなんて…1000年前の大会を観戦していた方々が羨ましいです。』
少し寂しげにうつ向く琴音の頬に鬼灯はそっと手を当て、上向かせた。
「あなたが望むなら、衣装姿くらいいつでも見せてさしあげますよ。」
鬼灯の言葉に琴音は目を見開いたが、また少し寂しげな表情になった。
『それは嬉しいのですが…』
「?」
不思議そうに琴音を見つめる鬼灯。
『いえ、何でもないです。』
琴音は軽く笑みを浮かべると、鬼灯から離れた。
そんな琴音の肩に鬼灯は手を置き、その顔を覗き込んだ。
「琴音、隠されては気にります。話してください。」
『………』
「琴音?」
『すみません…私…今日のお話を聞いて、改めて鬼灯様はおモテになるんだなって分かって…。そしたら、私よりも早く鬼灯様に出会って、私よりも早く鬼灯様を好きになって、 私よりも早く鬼灯様に想いを告げることのできた方がたくさんいらっしゃるんだってことに気づいたんです。そしたら…何だか少し…モヤモヤとした気持ちになってしまって…。』
「琴音……」
『ごめんなさい…。過去のことなんてどうしようもないですし、無かったことになんてできないし、してほしいとも思ってないんです。ただ――』
"平安時代の方だとばかり…"
"小野小町がさりげなく鬼灯君に和歌を…"
琴音の頭に桃太郎と閻魔大王の言葉が過る。
『ただ…もっと早くに生まれたかったなって…思ってしまって…。そしたら、鬼灯様ともっと一緒に色んなことを見てこれたのに…。』
そこまで言うと、琴音は苦笑いを浮かべながら続けた。
『ふふ、桃太郎さんの言う通り…平安時代に生まれていればよかったのに…。』
その瞬間、鬼灯はぎゅっと琴音を抱き締めた。
「はぁ…何を言い出すのかと思えば……」
『鬼灯…様…?』
突然抱き締められ、琴音は不思議そうに鬼灯の名を呼んだ。
「いいですか?あなたがあの時代に生まれていなければ、あなたは天国にいっていたかもしれないんですよ?そしたら、私と一緒にいることはおろか、私と出会うことすらなかったかもしれないんですよ?」
『あ……』
「本当はあなたは天国へいった方が今より幸せになれていたのかもしれませんが…私はこうしてあなたと出会って、結婚できたことを奇跡だと思っています。ですから――」
鬼灯は更に抱き締める腕に力を込める。
「そんな悲しいことは言わないでください。時間はたっぷりあります。これからもっともっと、2人の思い出を増やしていけばいいじゃないですか。 確かにあなたが"羨ましい"と言った人たちはあなたよりも早く私と出会いました。 けれど、出会いの早さや過ごした時間の長さなんて関係ないですよ。大事なのは、その出会った人とどのように過ごすかです。 私は他の人たちと過ごしてきた時間より、あなたと過ごしてきた時間の方が価値のあるものだと思っていますよ。」
『鬼灯様…っ』
ぽろぽろと涙を溢す、琴音の背中を優しく撫でる鬼灯。
「どうですか?まだ"早く生まれていればよかったのに…"と思いますか?」
ぶんぶんと首を横に振る琴音に、鬼灯はフッ…と笑みをこぼした。
「それなら安心です。もう二度と、そんなことを口にしないでくださいね。」
琴音はこくこくと頷くと、鬼灯の胸に顔を埋め、背中に腕を回してぎゅっと抱き締め返した。
しばらくして落ち着くと、体を離し、琴音は"すみません"と謝った。
『でも、1つ訂正があります。』
「訂正?」
『私、天国で暮らすよりも、こちらで暮らす方が幸せです。』
「そうですか?」
「はい。だってあちらには、鬼灯様はいらっしゃいませんから。鬼灯様のいらっしゃらない生活ほど悲しいことはありません。』
はっきりと断言する琴音に少し驚く鬼灯。
『ですから…その…これからも、ずっとお側にいさせてくださいね?』
上目遣い見上げてくる琴音に、鬼灯は微笑む。
「えぇ、もちろんですよ。あなたが嫌だと言っても離しませんから。」
『ふふ、約束ですよ…?』
返事の代わりに、鬼灯は琴音を抱き寄せ、柔らかな唇に、そっと自身のそれを重ね合わせた。
END
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