地獄の沙汰とあれやこれ
次にやって来たのはたくさんの動物がいる不喜処地獄であった。
「こちらは不喜処地獄。主に動物をいじめたり、殺したりした者が落ちる地獄です。」
(何て狂暴なんだ…。)
((わぁ…!!動物がたくさん…!!))
「あ!鬼灯様ーっ!!琴音様ーっ!!」
そこへ、シロが走り寄ってきた。
『シロさん、お久しぶりですね。』
「はい!琴音様は相変わらず美しいですね!」
『ふふ、ありがとうございます。』
(こいつなら、噛まなさそうだな。)
にこやかにシロと話す琴音を見て、そう判断したサタンはシロに手を差し出した。
「お手。」
しかし、シロに反応は無い。
そこでサタンは今度は「おかわり」と言ったが、これまた無反応であった。
「シロさん、こちらはEU地獄を治めるサタン様です。ご挨拶を。」
見かねた鬼灯がシロに耳打ちすると、シロは「はい!鬼灯様!」と返事をし、サタンに向き直るとその手に前足を乗せた。
「こんにちは、サンタさん。」
(私を格下扱い!?)
『シロさん、サタン様ですよ。』
「あ、ごめんなさい、サタンさん。」
(そして"さん"は変わらないのか…。)
「シローっ!!」
後ろからシロを呼ぶ声が聞こえ、そちらに視線を向けるとそこにはお局のクッキーの姿があった。
「ちょっとアンタ!報告はどうしたってさっきも聞いたでしょ!?鬼灯様が来たからってサボってんじゃないわよ!」
クッキーの迫力に怯えたシロは鬼灯の後ろに隠れた。
「あ…ごめんなさい…。」
するとそこへ、シロの先輩である夜叉一がやって来た。
「おいおい、何もお客様の御前で…。」
「あ!夜叉一先輩!!」
「言うべきことは、どこでも言う主義なの!」
「言い方がまずいって…。シロ、怯えちゃってんだよ…。」
「あたしがいなくなる前にきっちり仕込んどかないと!!」
「え?」
シロが固まると、夜叉一はクッキーに寄り添った。
「俺たち、結婚します。」
「私は寿退社しまぁす!」
『わぁ…!!おめでとうございます…!!』
「えぇぇーっっ!!!!」
驚くシロの後ろで、鬼灯、サタン、琴音は拍手した。
「おめでとうございます。」
「ところで、そちらの方は?」
夜叉一の質問に鬼灯は「妻の琴音です。」と琴音を紹介した。
『はじめまして、琴音です。』
「あぁ〜!あなた様が鬼灯様の!どうも初めまして。」
夜叉一が琴音に挨拶している間、鬼灯は時計を取り出し、時間を確認した。
「もうこんな時間ですか…。サタン様、見学の途中ではありますが、お食事をご用意させていただいております。」
「おぉ〜!それはかたじけない。」
「こちらにどうぞ。琴音、行きますよ。」
『はい。』
(日本の地獄って会社そのものだな…。)
サタンは鬼灯の背を追いながら、シロたちを見てそう思うのだった。
*
「さぁ、お料理が冷めない内に。」
部屋に入ると、そこには金魚草の魚の部分が机の真ん中に置かれており、向かいには閻魔大王が座っていた。
「今年の優勝ものです。」
『大きいですね。』
「どうぞ、お座りください。私もご相伴に預かります。」
(ひぃ〜ッ!!これを食べるのか!?)
サタンは"はぁ…はぁ…"と苦しげに息をする金魚草を見て表情を歪めた。
「あぁ、もしかして菜食主義でしたかな?」
「え?サバトで肉は召し上がっているはずですよ。」
(そういう問題じゃねぇ!!しかし…ここで嘗められる訳には…!!)
意を決し、サタンは席についた。
「いやぁ〜はっはっは!美味しそうですなぁ!」
サタンが感想を述べた瞬間、鬼灯は容赦なく金魚を刀で一刀両断にした。
(うぉーッ!!!!!)
思わず叫んだサタンだったが、中から綺麗な身が現れたのを見るとほっと息をついた。
「では…日本名物解体ショーを。」
「やはり、生きづくりが一番ですなぁ!」
閻魔が手を叩きながら言うと鬼灯は手際よく金魚を捌き、寿司を握った。
『鬼灯様、素敵です。』
「ありがとうございます、琴音。」
キラキラと目を輝かせる琴音に、鬼灯は僅かに微笑んだ。
*
「どうぞ。」
鬼灯は出来上がった寿司を綺麗に並べると、サタンに差し出した。
(ひぃーっ!!ジャパニーズ、匠!!)
『とても美味しそうですね。』
「琴音にも後で食べさせてあげますよ。」
鬼灯の言葉に琴音は嬉しそうに笑った。
「いやぁ〜鬼灯君は何でもできるんですよ。」
「何でもなんてできませんよ。」
言いながら、鬼灯は大根を桂剥きにして盛り付けていく。
(大根が曼珠沙華に!?器用だ…無駄に器用だぞジャパニーズ!!)
そこでサタンは料理を一口、口に運んだ。
(こ、これは…!!噛めば噛むほどに異なる食感が次々と現れ、新たな味覚を生み出していくーっ!!しかもヘルシー…)
思わずうっとりとした表情になるサタン。
しかしハッとなり、首を横に振る。
(いかんいかん!偵察どころか、ただ単にカルチャーショックを受けているだけではないか!目的を忘れるな!)
自分に言い聞かせたサタンは席を立った。
「オホンっ!すまんが、トイレを。」
「あぁ、突き当たりを右です。」
*
(はぁ…冷静になれ、冷静に。)
言われた通りにサタンが行くと、突き当たりには"立入禁止"の立て札が立ててあった。
(ん?チャイニーズランタン…?あぁ…あいつの。)
気になったサタンは扉を開け、中へと入った。
(ほぉ…薬学にも造詣が深いのか…。やはり侮れん。)
サタンは机の上に置いてあった、薬品を見てそう判断した。
「へぇ…?漢方の研究か…。何々…鬼の万病薬…?」
サタンは巻物を手に取った。
「おぉ…」
読み進めると、"サタンを干したもの"と書かれており、サタンは大きな叫び声をあげた。
「どうなされました?」
声をかけられドアの方を見ると、そこには炭火焼七輪を手に立っている鬼灯の姿が見え、サタンの頭に巻物の"干したもの"の文字が浮かぶ。
「今、あぶる準備をしますので。」
(あ、あぁ〜っ…!!)
身の危険を感じたサタンは涙目になると、"オーマイゴードッ!!"と叫びながら部屋を飛び出していった。
「もうお帰りですか?お気をつけて。今から金魚を炙るのに…。」
『あ、鬼灯様!』
帰りの遅いサタンと鬼灯を不思議に思い様子を見に来た琴音は鬼灯の姿を捉えると、そちらに駆け寄った。
『こちらにいらっしゃったんですね。あれ?サタン様は…』
「あぁ、たった今お帰りになられましたよ。…ん?」
鬼灯は部屋に落ちていた巻物を拾い上げた。
『それは…万病薬の?』
「えぇ。あ、サタンとサンタを書き間違えてますね。」
(ていうか…サタンがオーマイゴッドって…)
「世も末です。」
『鬼灯様?』
不思議そうに自身を見つめる琴音に鬼灯は何でもないですよ、と言うと琴音の手を取った。
「さ、戻って料理を食べましょう。せっかく作ったのに食べないのはもったいないですからね。」
『はい。』
にっこりと微笑む琴音の手を引いて、鬼灯は自室を後にした。
END
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