▽あなただけ
いつもかけている赤いメガネを取って、怜くんはゴーグルと水泳帽をつけて飛び込み台に立った。
私は、怜くんがメガネを取る瞬間が何となく好きでいつも見てしまう。
でもそんな私の視線になんて気づかず、バシャンと音をたてて怜くんはプールに飛び込んだ。
一生懸命泳いでいる怜くんはとてもかっこいい。
陸上をしていた時もかっこよかったけど、今の方がイキイキしている気がするのは、きっと私の気のせいなんかじゃないと思う。
そんな事を考えていると、怜くんがプールから上がってきた。
マネージャーの私は慌てて怜くんに駆け寄る。
『お疲れ様!』
タオルと飲み物を渡すと、怜くんはありがとうございます、と笑った。
私もその笑顔に微笑み返すと、そのまま他の部員達にも同じようにタオルと飲み物を配った。
部活が終わり、道具を片付けていると怜くんに声をかけられた。
「話があるので、片付けが終わったら部室に来てもらえますか?」
((話って何だろう…?))
疑問を頭に浮かべつつ、私は素直にこくりと頷いた。
それから少しして、片付けを終えた私は部室のドアに手をかけた。
『怜くん、お待たせ。』
中を覗くと、怜くんはベンチに座っていた。
「すみません、急に。用事とかありましたか?」
『ううん、大丈夫だよ。』
私の答えに、怜くんは"そうですか"と少し安堵したような表情になった。
『えっと、話って何かな?』
「あ……えっと、」
((言い出しづらい話なのかな…もしかして…別れ話…とか?))
少し口ごもっている怜くんに、ついつい悪い方向に考えてしまう。
『怜くん?』
声をかけると、怜くんは意を決したように口を開いた。
「あの……なまえさんは、僕の事…好き…ですか?」
唐突な質問に私は思わず目を見開く。
『え…どうしたの?急に。』
「すみません…でも…答えてもらえますか?」
不安げに私を見る怜くんに私はにっこりと微笑む。
『好きだよ。大好き。』
私の答えに、怜くんはほっとしたような表情になった。
が、今度は少し苦しげに表情を歪ませる。
「じゃあ…」
言いながらベンチから立ち上がると、怜くんは私をぎゅっと抱き締めた。
『れ、怜くん…?』
「………でください。」
『え?』
「他の人を……見ないで、ください…っ」
『!!』
途切れ途切れながらも、はっきりと聞こえた言葉に私は目を見開く。
((これってもしかして…))
『それは…嫉妬?』
そう訊ねると、怜くんの肩がぴくりと反応した。
それは肯定の意味を表している訳で。
私は自分の頬が緩んでいくのを感じながら、怜くんの広い背中に腕を回し、ぎゅっと抱き締め返した。
『大丈夫だよ、怜くん。私はいつだって怜くんしか見てないから。』
「え……」
『と言うより、本当のこと言っちゃうと…私、怜くんの事しか見えてないの。部活中もね、プールで泳ぐ前から…メガネ取るとこから見ちゃってるの。』
「ほ、本当ですか?」
怜くんは私の言葉にバッと顔をあげ、驚いた顔で私を見つめた。
その頬がほんのりと赤らんでいるのを見て、私は思わず笑みがこぼれる。
『本当だよ。私はいつだって怜くんだけを見てるから!』
私の言葉に怜くんは嬉しそうに、けれどちょっぴり恥ずかしそうに笑った。
「すみません。先輩方に笑顔でタオルや飲み物を渡しているあなたの姿を見たら、その…嫉妬してしまって…。本当にすみません…。」
『ううん、いいの。だって、嫉妬してくれるって事はそれだけ私の事思ってくれてるって事でしょ?だから嬉しかったよ。ありがとう!』
「なまえさん…。」
小さく呟くと、怜くんは私の頬に手をそえた。
「これからも僕と…一緒にいてくれますか?」
『はい』
笑顔で答えると、怜くんも安心したように笑った。
「なまえさん…好きです」
愛の言葉と共に、怜くんは私にとびきり優しいキスをくれた。
END
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