▽意地悪で優しい朝
『失敗した…。』
最近、寒くなってきたなとは感じていた。
けれど、まだ冬というには早いと考え、とくに防寒具を着けずに家から出てきたのだが、どうやら甘かったらしい。
いくら駅から学校までの距離とは言え、冷たい風が吹き付け、体が震える。
『はぁ…せめてマフラー着けてこればよかったなぁ…。』
後悔したところで後の祭りなわけだけれど、ぼやかずにはいられない。
自身の考えの甘さを恨んでいると、"せーんぱいっ!"という聞きなれた声と共に突然視界が真っ暗になった。
『ちょっ、なに!?』
驚いて顔に被せられたものを引っ張ると、見知った顔が見えた。
「先輩、おはようございます!」
『け、堅治!』
1つ下の後輩である堅治は私がマネとして所属しているバレー部の部員であり、私の彼氏だ。
「どうしたんすか?今日、こんなに寒いのにマフラーの1つもしないで。」
『え?えっと、まぁ、大丈夫かなって思って。』
「先輩、天気予報見てなかったんですか?昨日、ちゃんと寒くなるって言ってましたよ?」
『う、うるさいなぁ。』
バカにしたように、にやにやとした笑みを浮かべる堅治を軽く睨む。
けれど、堅治はそんなのには全く怯むことなく先程顔に被せられたマフラーを今度はちゃんと私の首元に巻き始めた。
「これ、貸してあげますよ。」
『え、いいよ。堅治が寒くなっちゃうでしょ?』
「大丈夫ですよ。俺は男だし。先輩のが寒がりでしょ?」
『でも、』
尚も渋る私に堅治はさっきとは打って変わり、優しい笑みを浮かべた。
「それに、先輩が寒そうにしてるのを見る方が寒いんで。」
『堅治…』
こういう所がずるい所だと思う。
普段先輩の私に対してバカにしてくるのに、変なところ優しいのだ。
「なんで不満そうなんすか。人が親切に言ってるのに。」
『……別に。これ、ありがとう。』
マフラーを指しながら言うと、堅治はいいえとまた笑う。
『けど、ほんとに大丈夫?無理してない?』
「もう〜しつこいなぁ。してないですって!先輩、俺の話聞いてました?俺は先輩が…」
言いかけた所で堅治の言葉が途切れた。
『ん?なに?』
「……やっぱり寒いです。」
『え!?』
それならば、と慌ててマフラーを外そうとするとその前に後ろからぎゅっと抱き締められた。
『ちょ、ちょっと堅治!?』
「こうしてたら、お互いあったかいですよね!」
ね、と念を押してくる堅治に私はあまり強く言えなくなる。
『け、けど、ここ、外だし…。』
「大丈夫ですよ。人いないですし。」
『そ、そういう問題じゃ…』
「いいじゃないですか。こういうのもたまには。俺だって寒いんですよ。」
そう言ってより一層くっついてくる堅治に自分の心拍数が上がるのを感じる。
((ていうか、これだと逆に熱いんですけど…!))
さすがにそれは言えないので、歩きにくいからと理由をつけて何とか堅治を離れさせた。
「ちぇ。じゃあ、手繋いでください。それぐらいはいいですよね?」
『え…あ、まぁ、それなら。』
合意すると、堅治は嬉しそうに私の手を取った。
「わ!先輩の手、冷たいっすね!」
『あ、ごめんね。離していいよ?』
「それは嫌です。」
『え』
即答され、困惑していると堅治は私の手を自身のポケットに入れた。
「これならあったかいですか?」
『え…あ、うん。』
確かにあったかい。あったかいけれど――
((なんか恥ずかしい…!))
そう思い、あまりそちらを見ないように視線をそらすと堅治は楽しげに笑った。
「先輩、もしかして照れてるんですか?」
『べ、別にそういうわけじゃ!』
「…かわいい。」
『へ?』
"ちゅっ"
突然触れた柔らかな感触に思わず頬を押さえる。
『なっ!?い、今何してっ!?』
「あははっ、先輩ってばいつまでたっても慣れませんね。」
笑い事じゃないと怒っても、堅治に反省の色は見えない。
そんな堅治に今度は恥ずかしさを通り越して呆れを感じる。
『はぁ…もう朝から疲れた。』
「えー何でですか。」
『……何でだろうね。』
((本気で言ってるのか…いや、わざとか。))
そんなことを考えていると、堅治はあ、やべ、と小さく声をあげ、先輩急ぎますよよと走り出す。
どうやらぐだぐだしている間に時間が過ぎていたらしい。
((なんだか堅治といると、ドキドキしたり慌てたりと忙しいなぁ…。でも――))
「先輩、ほら早く!」
『…はいはい』
この笑顔が見れるなら、こんな朝も悪くないと思った。
END
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