▽踏み出す一歩
『もういいよっ!英くんのばかっ!』
一方的に言うだけ言って、部屋を出てきてしまったけれど、振り返っても英くんが追いかけてくる気配はない。
自分でやっておきながら身勝手だとは思うけれど、正直に言えばやっぱり寂しい。
((あーあ…やっちゃった…。))
後悔しつつ家に帰り、声をかけてくるお母さんの言葉も聞かず部屋に入り、しゃがみこむ。
『明日からどうしよう…。』
どんな顔をして会えばいいのか分からないし、そもそも違うクラスだから会えるかも分からない。
喧嘩をしたのは別に初めてというわけではない。
それでも、いつも何だかんだ言って英くんが折れてくれていたから丸く収まっていた。
けれど、今回はそうではなかった。
"勝手にすれば"
英くんの突き放すような声が頭の中で響く。
『英くん…』
ぽつりと名前を呼呟くと、涙が頬を伝った。
*
次の日、学校に行くと下駄箱で英くんに会った。
『あ…』
((どうしよう…。))
声をかけようか迷っていると、英くんはふいっと顔をそらし、スタスタと自分の教室に向かっていった。
それは完全に拒絶を意味しているようで、胸が苦しくなった。
そのまま私も自分の教室に入り、席について机に突っ伏す。
((英くんのあんな顔…初めて見たかも…。))
そんなことを考えていると、突然頭を軽く叩かれた。
『った!』
「朝から暗い!」
その声に顔をあげると、仲のいい友達が私を見下ろしていた。
『あ…おはよ。』
「ん、おはよ。…いや、じゃなくて!なんか暗いんだけど!なんかあったの!?」
『いや…えっと、英くんと喧嘩しちゃって…。』
「喧嘩?けどあんたらどうせすぐまた仲直りするんでしょ?」
『う〜ん…どうだろう…。今回は英くん、何だかすごく怒ってるみたいで…。』
「え…そうなの?まぁ、こじらせる前に早く仲直りしなよ?」
『うん…。』
そう答えたものの、顔を合わせようものならあからさまに避けられ、結局仲直りのきっかけが作れず、1週間が過ぎてしまった。
『はぁ〜…』
「盛大だね。」
『あ…えっと、まぁ…色々あって。』
慌てて苦笑いする私を友達はじっと見つめる。
「ねぇ、もしかして…国見くんとまだ…」
『う、うん…まだ、ちゃんと話せてないの。』
「はぁ!?私、言ったよね!?こじらせる前に早く仲直りしろって!」
『わ、分かってるよ!分かってたけど…なんか声、かけづらくて…。』
私の返答に今度は友達が盛大なため息をつく。
「あんたねぇ、ほんとにちゃんと話そうとしたの?」
『え…?』
「逃げてただけじゃないのって言ってるの!」
『そ、そんなこと…!』
「ないって言えるの?こういう時、いっつも国見くんが謝ってくれてたんでしょ?あんた、今回もまたどっかでそのことに甘えようとしてるんじゃないの?」
『!!』
そうだ…。
思い返してみれば、私、ちゃんと話そうとしてなかった。
((いつも英くんが謝ってくれていたから、今回もって…どこかで思ってたんだ…。))
「あんた、このまんまでいいの?」
『……っ!!私、行ってくるっ!』
バッと教室を飛び出し、向かうは英くんのいる教室。
すると、丁度英くんが教室から出てきた。
『あ…』
「!」
英くんは私を見るなりふいっと顔をそらし、すっと私の横を通りすぎていく。
((このままじゃダメだ…っ!))
私は勇気を振り絞り、英くんの制服の裾を掴んだ。
『あ、英くん!』
「……なに」
とりあえず、応答してくれたことにほっとしつつ、すうっと息を吸う。
『話があるの!少しでいいから、付き合ってくれない?』
私の言葉に英くんは分かったと答えると、くるりと振り返った。
「こっち、ついて来て。」
*
言われるがままついていくと、やって来たのは使われていない空き教室だった。
「で、話って?」
『あ、あの…』
英くんの冷たい視線が怖いけれど、私はぎゅっと拳を握りバッと頭を下げた。
『ごめんなさいっ!!』
「!!」
『私、いつも甘えてばっかで、言いたいこと言うだけ言って、英くんにばっかり謝らせてたよね…。ほんとにごめんなさい。』
「なまえ…」
『私…こんな自分勝手で迷惑かけてばっかりだけど、英くんが大好きって気持ちは変わらない。だから、これからもそばにいさせてください…っ!!』
少しの間の後、足音が近づいてきて英くんが私の目の前に立ったのが分かった。
「なまえ、顔上げて。」
降ってきた声に恐る恐るゆっくりと顔を上げると、英くんは私をぎゅっと抱き締めた。
『あ、英く…』
「バカだなぁ。こんなんで別れると思ったの?」
『え…?』
「俺だってなまえが好きなんだけど。」
『でも、英くん、私のこと避けてたよね…?』
「…うん。いつも俺が折れてばかりだったからこのままじゃ長続きしねぇかなって思って、なまえがどうするのかちょっと待ってみようって思ったんだ。」
『そう…だったんだ…。』
「うん。けど…半分意地になってた。俺の方こそごめん。」
『英くん…』
((よかった…嫌われたんじゃなかったんだ…。))
ほっと安堵すると、自然と涙がこぼれ落ちた。
「あぁ〜もう泣くなよ。」
『うっ…だって、嬉しくて…っ』
ぐずぐずと泣く私の頭をぽんぽんと優しく撫でると、英くんは少し屈んで私に目線を合わせた。
「てなわけで、俺はなまえを離す気は1ミリもねぇから、こちらこそこれからもそばにいてください。」
『はい…っ!』
私の返事に英くんは満足げに微笑むと、私の唇にそっと唇を重ねた。
END
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