▽視線の先には



「ヘイヘイヘーイ!なまえ!今の見てたか!?」

『うん、見てた見てた!さすが光ちゃん!』

「だろー!?やっぱり俺最強ー!」


(相変わらずうるせぇな…。)


なまえに誉められ、嬉しそうに大声を上げる木兎に俺は思わず苦笑いを浮かべる。


なまえと木兎は幼馴染みだから、一緒にいるところは毎年行われるこの合宿ではそう珍しくない。


けれど、なまえの彼氏としては他の男と仲良さげにされるのはあまり気分のいいものではない。


そのまま無意識のまま2人を見つめていると、隣にいた研磨がため息をついた。


「気になるなら行けばいいじゃん。」

「んー…まぁ、そうなんだけどな。」


研磨の言う通りにしたいのは山々だが、この合宿以外にあの2人がちゃんと会って話す機会はあまりない。


俺はなまえが木兎を家族のように思っていることを知っているからこそ、せめて今だけは邪魔してやりたくないとも思うわけで。


なんとも言えない気分に小さくため息をつくと、研磨に軽く背中を叩かれた。


「いてっ。なんだよ研磨。」

「そうやって遠慮してるクロ、変だよ。似合ってない。」

「何だそれ。地味に酷くね?」


思わず苦笑いする俺に研磨は心底面倒臭そうな表情をこちらに向ける。


「いいじゃん別に。クロはみょうじさんの彼氏なんでしょ。」

「!!」

「そのくらいのワガママは許されるんじゃない?」


研磨の言葉が胸に染み、もやもやとした気持ちが徐々に晴れてくる。


「お前にそんな説教される日がくるとはな〜。」

「……別に。今のクロが面倒臭いと思っただけ。」

「ははっ。サンキューな。」


研磨の肩を軽く叩き、俺は2人の元へ駆け寄った。









「なーなまえ、俺次も決めるからちゃんと見とけよー?」

『うん!分かっ…』

「はーいそこまで。」


返事しかけたなまえの肩に手を回し、後ろから片手で抱き締めると彼女は驚いたように振り返った。


『黒尾くん?』

「お?何だよ黒尾。」


不思議そうに俺を見つめる2人。


そんな2人の内、木兎を真っ直ぐ見据え、俺は口を開く。


「木兎。お前の話は後で俺がいくらでも聞いてやるから、こいつは返してもらうな。」

「は?」


訳が分からないといった表情を浮かべる木兎を残し、俺はなまえの手を引いてその場を去った。









『黒尾くん、どうしたの?』


人気のない体育館裏までやって来ると、なまえは先程と同じように不思議そうな表情をしている。


(そりゃそうだよな…。突然連れ出しちまったし…。つーか勢いでここまで来たけど、嫉妬が理由って…俺めちゃくちゃカッコ悪いな…。)


自分の心の狭さに思わず苦笑しつつ、俺をじっと見つめているなまえをぎゅっと抱き締めた。


『く、黒尾くん?』

「悪い、なまえ。急にこんなとこまで引っ張ってきて。」

『う、ううん。大丈夫。それより、何かあったの…?』

「いや、なんつーか…」


ここで言うのはかなり恥ずかしいが、下手に嘘をつくより正直に話す方がいいだろう。


「嫉妬、したんだ。」

『嫉妬…?誰が?』

「俺が。」

『誰に?』

「…木兎に。」

『え!?』


小さく驚きの声をあげるなまえに俺は続ける。


「お前、木兎と仲いいだろ?まぁ幼馴染みだし当たり前だって分かってんだけどさ、やっぱ一緒にいるとこ見んのは…正直嫌だった。」

『黒尾くん…』

「ごめんな。いっつもカッコつけて余裕なフリしてっけど、ほんとは全然余裕なんかねぇんだ。…幻滅したろ?」


自嘲気味に言う俺になまえはぶんぶんと首を横に振る。


『そっ、そんなことないよっ!幻滅なんて、絶対しないよっ!むしろ…っ!』


言いかけたところで口をつぐむなまえに俺は首をかしげる。


「むしろ?」

『え、えっと、不謹慎かもしれないけどっ、その…妬いてくれて、嬉しい。』

「!!」


恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに言うなまえが可愛くて俺は思わず笑みがこぼれる。


「ははっ、そっか。じゃあカッコ悪いついでにもう一個ワガママ!」

『なに?』

「名前。」

『…へ?』

「ほら、木兎のことは名前で呼んでんのに俺のことは名字で呼んでるだろ?だから、俺のことも名前で呼んでほしい。」

『あ…』


なまえはハッとしたような表情になると、恥ずかしそうに視線をそらす。


と、次の瞬間――


『て…てつろう、くん』


小さな声で、なまえが俺の名前を呼んだ。


「〜〜〜っ!!」


その予想以上の破壊力に我慢できず、俺はなまえの唇に唇を重ねた。


『く、黒尾くん!?』


突然のことに目を丸くするなまえに俺はにっと笑みを浮かべる。


「もうこれから"黒尾くん"は禁止だ。」

『!!』

「それから…あんま木兎と仲良くしすぎんなよ。」

『……はい!』


ふわりと微笑んだなまえはもう一度、鉄朗くんと呼んでくれた。


END


(▲30万打企画より)

     

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