▽ワガママさえ愛おしい
『ふんふんふーん』
鼻唄混じりにクローゼットを開き、お気に入りの服を何着か引っ張り出す。
明日は大好きな徹くんとのデート。
徹くんは部活で忙しいから、久々のデートに私のテンションはかなり上がっている。
『ん〜…こっちの方がいいかなぁ。いや、やっぱりこっちかなぁ。』
少しでも徹くんに"かわいい"って思ってほしくて、いつもかっこいい徹くんに釣り合う女の子になりたくて、私は服を片手に鏡の前で百面相。
すると、携帯の着信音が鳴った。
この着信音は徹くんのためだけに設定しているから、名前を見なくても分かる。
((徹くん…?どうしたんだろ。))
嫌な予感を感じつつ、画面の通話ボタンをタップした。
『もしもし?』
「あ、もしもしなまえちゃん?俺、徹だけどさ」
『うん、どうしたの?』
「いや、実は明日のデート、急に部活が入っちゃってダメになっちゃったんだよね。」
『え…』
頭を鈍器で殴られたような衝撃。
私の嫌な予感はどうやら的中してしまったらしい。
先程まで舞い上がっていた気持ちは、どんどん下降していく。
「もしもしなまえちゃん?」
急に黙り込んだ私に、徹くんが不思議そうに声をかけてくる。
それに答えるべく、私はなるべく明るい声で口を開いた。
『あ、うん、分かった!部活じゃしょうがないよね。』
「うん、ほんとごめんね?」
『ううん!全然大丈夫!部活頑張ってね!』
「ありがとう、頑張るよ。」
嬉しそうに、けれどどこか申し訳なさそうに言う徹くん。
確かに会えなくなってしまったけれど、こうして少しでも電話で話すことができたのだからそれだけで十分幸せだ。
そう思い、じゃあまたね、と電話を切ろうとすると徹くんの待って、という声が聞こえてきた。
『どうしたの?』
「あ、いや、えっと…あのさ、」
『うん?』
どこか言いづらそうな徹くんに私は首をかしげる。
「なまえちゃん…大丈夫?」
『え…?』
聞こえてきた言葉に、私の心臓はドキリと跳ねた。
徹くんはどういう意味で言ったのか分からないけれど、私には見透かされているような気がした。
『んー?何が?』
なるべく明るい調子で答えると、徹くんはう〜んとうなる。
「だって、最近会えてないでしょ?俺たち。だからなまえちゃんが寂しがってるんじゃないかなって思ってさ。」
『………』
やっぱり徹くんにはバレていたらしい。
でも、ここで弱音を吐く訳にはいかない。
徹くんを困らせたくないし、嫌われたくない。
だってもしここで面倒な女だと思われたら、きっと別れることになってしまう。
そうなったら、徹くんの周りには私なんかよりかわいい女の子なんていくらでもいるだろうけれど、私は一人ぼっちだし、何より徹くん以外の人を好きになれそうにない。
『確かに寂しいときもあるけど、私は大丈夫だよ!だって徹くん、時々こうして電話してくれるから、ちゃんと話せてるし。それだけで私、十分だよ。』
勢いよく言い終えて、ちょっと違和感あったかな…と思ったけれど、徹くんが安心したように、それならよかったと言ってくれたからほっと安堵する。
「でも、何かあったらすぐ言ってね?」
『うん、ありがとう。』
「ん、ところでさ。」
『んー?』
「今、カーテン開けたらちょうど一番星が出てて、すごいキレイなんだよね。」
『え、ほんと?』
「うん。なまえちゃんも見てみなよー。」
徹くんに言われ、私は携帯片手に窓を開けてベランダに出た。
上を見上げるも、空は曇り空で一番星なんて見えない。
『徹くん、見えないよー?』
「あれー?おかしいなぁ。」
そう言っておかしそうに笑う徹くんの声が、なぜか電話越しだけでなく二重に聞こえて、バッと下を見下ろすとそこには携帯片手に手を降っている徹くんがいた。
「やっほー!なまえちゃん!」
『と、徹くん!?』
「今から出てこれるー?」
『す、すぐ行く!』
早口で言って、窓を閉めてから急いで階段を駆け降りる。
バンっと勢いよくドアを開ければ、にっこりと微笑む徹くんがいた。
「久しぶり、なまえちゃん」
その優しい声と表情に、抑えていた感情が込み上げて、私は一直線に彼の胸に飛び込んだ。
「わっ、と。」
『徹くん…っ、徹くん…っ!』
子供みたいに泣きながら名前を呼ぶと、徹くんはフッと優しく笑って私を抱き締め返してくれた。
「うん、ここにいるよ。」
ぽんぽん、とリズムよく背中を優しく撫でてくれるのが心地いい。
けれど、ハッとなって私は思った疑問を口に出した。
『徹くん、何でここに…?』
「んー…なまえちゃんに会いたかったからかな。」
ど直球な言葉が素直に嬉しいけれど、明日部活なのだから徹くんは早く帰って休まなくてはいけないだろう。
そう考えた私はパッと徹くんから離れた。
『徹くん、来てくれてありがとね。けど、明日部活なんだから早く帰った方がいいよ。』
なんとなく顔が見れなくて、うつ向いて言うと、徹くんは私に近付いて顎を掬い上げた。
「ひどいなぁ…そんなすぐに追い返すなんて。」
『お、追い返してるんじゃなくて、私はただ徹くんのことを…っ!』
「うん、分かってる。ありがとう。」
そう言うと、徹くんは優しく私の涙を拭ってくれた。
「けど、我慢しないでよ。」
『え…?』
「俺、もうなまえちゃんの辛そうな声を聞くのも、悲しそうな顔を見るのも、やだよ。」
切なげな表情で告げられ、私は思わず目を丸くする。
「ねぇ、今までずっとさ、俺に迷惑かけたくないとかでずっと無理してたんでしょ。」
『そ、それは…』
「けどさ、そんな遠慮とかいらないよ。だって、俺はなまえちゃんが大好きなんだから。」
『!!』
「だから、もう絶っ対に我慢しないって約束して?ね、お願い。」
優しい声音で言われ、私はまたぽろぽろとこぼれてきた涙を拭いながらこくこくと頷いた。
『私っ、ずっとワガママ言ったら嫌われちゃうって思ってたっ…。徹くんの周りにはいつもかわいい女の子がいっぱいいるから、私とはいつでも別れられるって…。』
「…バカだなぁ。」
そう言うと、徹くんはまたぎゅっと抱き締めてくれた。
「俺がなまえちゃんを嫌いになるわけないでしょ!こんなに好きなのに。伝わってないとか及川さん悲しい〜。」
『ご、ごめんなさ…』
「それに!俺の周りに、なまえちゃん以上にかわいい女の子なんていないんだけど。」
『え…そんなこと…!』
「あるの!分かったら今後はそういうマイナス思考はやめること!分かった?」
『は、はいっ!』
徹くんの勢いに圧倒されてそう言うと、素直でよろしい、と頭を撫でられた。
「あれ…髪、ちょっと濡れてるね。お風呂上がりだったの?」
『あ…』
徹くんに言われて、私はようやくスッピンな上に、完全に部屋着姿であることに気がついた。
『きゃぁーっ!』
「え」
バッと徹くんから離れ、私は慌てて顔を覆う。
((しまったぁ〜!急ぎすぎて忘れてた…っ!せめて鏡でチェックとかしてこればよかったなぁ…。))
今さら後悔したところで後の祭りなわけなんだけれど、一度気づいてしまえばもう顔を上げられない。
「なまえちゃん?どうしたの?」
『み、見ないで!今私、ものすごく残念な格好してるから!』
必死に言うと、徹くんはプッと吹き出した。
「あははっ!何でー?今さらでしょ。」
『そ、そうだけどっ、とにかく見ないで!じゃあ私、そろそろ部屋に戻るね!』
急いで言ってから踵を返すと、パシっと腕を取られた。
『ちょ、ちょっと!徹くん離し…きゃっ!』
ぐいっと腕を引っ張られ、また徹くんと向かい合わせにさせられる。
慌ててまた顔を覆うも、その手は徹くんによっていとも簡単に除けられた。
「何で隠すのー?」
『す、スッピンだし、髪濡れてるし、部屋着姿でだらしないからっ!』
「そんなことないよ。お風呂上がりとか萌えるし、すごくかわいい。」
『お世辞とかいらないから!いい加減離して…っ!』
慌てる私とは対照的に、徹くんはフッと笑うと、私の唇を塞いだ。
『!!』
触れるだけの口づけだけれど、久々だったせいか心臓がどくどくとうるさいくらいに音をたてる。
「ほら、そういう顔とか特にかわいいよ。」
『〜〜〜っ!!』
そっと頬を撫でられ、触れられた部分が熱を持ち始める。
「ね、なまえちゃん」
『な、なに?』
"もっかい、しようか"
熱っぽい目で見つめられれば、抵抗なんてできるはずがない。
ゆっくりと近づいてくる徹くんの端正な顔をかっこいいなぁ、なんて思いながら私は静かに目を閉じた。
END
(▲30万打企画より)
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