▽僕だけの特権
"明日、いよいよ文化祭だね。"
"そうだね。"
"一緒に回ろうね。"
"うん。なまえのクラスって何やるんだっけ?"
"え?えーっと…普通の喫茶店だよ。だ、だから、つまらないから赤葦くんは来なくていいよ。"
"ふーん…?"
そんな会話をしたのは昨日の話。
お互いのシフトのない時間に待ち合わせをしたのだけれど、それまでまだ少し時間がある。
(行ってみようかな…一応。)
心の中でぽつりと呟いて、俺はなまえのクラスへと向かった。
*
「いらっしゃいませ、ご主人様〜!」
人混みで賑わう彼女のクラスの入り口には、でかでかと"メイド喫茶"と書かれていて、俺は唖然とした。
「これのどこが普通の喫茶…。」
深くため息をついて中を覗けば、文字通り女の子たちがメイド服を着て接待をしていた。
その中にはもちろんなまえもいるわけで。
(何で言わなかったんだ…?)
疑問に思いつつもなまえを驚かせてやろうと教室に入り、案内された席に座った。
ちらりと彼女を見れば、まだ気づいていない様子。
しかし――
「メイドさ〜ん!こっちお願いしま〜す!」
『は〜い!少々お待ちくださーい!』
「メイドさ〜ん!写真いいですか〜?」
『あ、申し訳ありません。あとででもいいですか?』
明らかに彼女の胸元や、短いスカートをにやにやと見ている男共に苛立ちが込み上げてきた。
「………っ!!」
(なんだよアレ…じろじろ見てんなよ…!)
それに、そんなやつらに愛想を振りまく彼女も彼女だ。
耐えきれなくなった俺は席を立つと、なまえの元へと向かい彼女の腕を掴んだ。
振り向いたなまえは俺を見て目を丸くする。
『あ、赤葦くん!!?』
「行くよ」
『えっ…ちょっ、』
戸惑うなまえの手を引き、会計場所にお金をダンッと叩きつけるように置く。
「これで、この人貸しきりで。」
「へ?ちょっ、ちょっとっ…!」
会計の人が困ったように何か言うのも聞かず、俺はなまえを連れて教室を出た。
*
『ちょっ、ちょっと赤葦くん!どうしたの?』
「…………」
無言で賑わう廊下を歩き、人気のない階段裏に来ると、俺はなまえを壁に押し付けた。
「どういうこと?」
『え…?』
「"普通の喫茶店"って言ってなかった?」
『それは……』
「しかも俺には来るなって言ったよね。」
『だ、だって、メイド喫茶なんて恥ずかしくて…』
「へぇ…そのわりには、結構ノリノリだったじゃん。」
じっと見つめると、なまえは困ったように目をそらす。
『そんなこと、ないよ…。恥ずかしかったけど、頑張ったの。でも…好きな人に見られるのは、どう頑張ったって恥ずかしいから。』
「!」
『だから、あんまり見ないで…っ』
隠すように俺にぎゅっと抱きつくなまえが可愛くて、さっきまでの怒りを忘れて俺も抱き締め返した。
「バカ。逆だろ。こんなかわいい格好、他の男に見せんなよ…。」
『か、かわいくなんか…』
「かわいいよ。めちゃくちゃかわいい。だから……嫉妬した。」
耳元でぽつりと呟くと、彼女の肩がぴくりと反応する。
『ふふ』
「何笑ってんの?」
『ごめんね。嬉しいなぁって思っちゃって。』
クスクスと笑われるのが悔しくてバッと体を離し、まじまじとなまえを見つめる。
『あ、あんまり見ないで!』
「ダメ。俺に嘘ついた罰。ほら、ちゃんと見せて?」
『うっ…』
渋々体を隠すようにしていた手をどけるなまえに俺は笑みを浮かべる。
「いい子だね。写メ撮っていい?」
『ダ、ダメ!』
「じゃあ言い方変える。一緒に撮ろう。」
『えぇー…』
「ほら、早く。」
携帯を取りだし、少々不服そうな彼女を引き寄せインカメで構える。
「はい、笑って。」
恥ずかしそうにしつつも、ふわりと笑ったところでシャッターを押した。
『あ、あとで送ってね。』
「なんだ。やっぱり満更でもないんじゃない?」
『ち、違うよ!赤葦くんと…撮れたから…。』
「……はぁ。ほんと、かわいすぎ。」
言うや否や、ぐっと腰に手をそえて抱き寄せ、俺はその可愛らしい唇を塞いだ。
『んんっ…』
啄むようなキスを繰り返すと、彼女の唇から甘い声が漏れて、より一層俺を煽る。
「なまえ、口開けて。」
『ダメだよ…誰か来たら…』
「来ないよ。みんな文化祭に夢中だから。それに、来ても見せつけてやればいい。」
『!!』
恥ずかしげにうつ向くなまえの顎を掴んで上向かせる。
「なまえ」
『………』
仕方無くといった形で小さく開いた彼女の唇に自身のそれを重ね合わせ、するりと舌を滑り込ませた。
逃げる舌をとらえて絡ませると、彼女の肩が小さく震える。
それが可愛くて、もっとと求めるように深く口づけた。
『んんっ…も、やめ…っ』
苦しげに弱々しく胸を押され、名残惜しく思いながらもゆっくりと唇を離す。
ふらりと力の抜けた体を支えてやるとなまえは俺の胸に顔を埋め、肩で大きく息をした。
『はぁ…赤葦くん』
「ん?」
『苦しいよ』
「ごめん。けど、可愛すぎるなまえが悪い。」
『……理由になってないよ。』
ぎゅっと俺のシャツを握るなまえの頭をぽんぽんと撫でる。
「そろそろ回る?」
『うん。でも…もうちょっとだけ、このままでいたいな…。』
恥ずかしげに紡がれた言葉に自然と口元が緩む。
「了解」
ちゅっと髪に口づけを落とすと、なまえは嬉しそうに小さく笑った。
END
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