※来神時代 だから、早く 「アホくさいと思わない」 傘もささずに雨に打たれている臨也は屋上のフェンスに凭れていた。 「僕から言わせれば臨也がアホだと思うけどね」 わざわざ濡れ鼠になる必要がどこにある。屋上には出ることなく、新羅は肩を竦めて塔屋の屋根の下から声を掛けた。 「ほんとさー、臨也って素直だけど素直じゃないよね」 「褒めてるー?」 「どうかなぁ…静雄は、門田が追い掛けてるよ」 「…別にその情報は聞いてないし、知ってるよ」 だってこっから見えるもん。 臨也はちらりと校庭の方を見て、丁度渡り廊下で静雄と京平が話している姿を視界の端に留めた。 「うん、そうだね」 いつだって君は無意識に静雄を目で追ってるよね。 新羅は苦笑して、鞄からタオルを出して言う。 「そろそろ良いんじゃない」 「何が、かな」 「今年の月の船は乗りにくそうだし、生憎の催涙雨。君が頑張らないと何も動かないよ」 「七夕伝説になぞらないでくれる、気持ち悪い」 反吐が出る。 新羅は笑って、やっぱり臨也は面白いけど今のままじゃタオルは貸さないよ、と再び鞄にタオルを仕舞った。 鞄を整えて、新羅は屋上の扉を開ける。今まで雨音しか聞こえてなかったそこに生徒の騒ぎ声が加わる。 「早くしてくれるかな、臨也。私は今日セルティと七夕の織女と牽牛ごっこするんだからさ!あぁ、セルティに1年に1度しか会えないなんて僕には耐えられないよ!やっぱりずっと一緒に居よう!」 「誰が付き合えって言ったよ」 捲し立てるように言う新羅を一瞥して、臨也はフェンスに手を掛け再び渡り廊下に目を向けた。 (……流石にもう居ない、か) 「…催涙雨、ね」 七夕に降る雨は、織姫と彦星の涙であり催涙雨もしくは酒涙雨と言う。 「七夕とか、ほんとバカバカしい」 星にとっての1年間を人間の寿命に換算すると、1・2分に1度という頻度で2人は会っていると言う計算になる。それを知ったとき、なんて茶番だ、と思わずにはいられなかった。 自分と静雄はそれに匹敵する勢いで喧嘩をし続けていると思うと、らしい、としか言えない。 なら今日くらい意地でも会わない。 「…臨也」 ガシャンッ 勢いよく頭がフェンスに押し付けられる。 「な!?」 「手前にしては珍しく気付かなかったな?」 「…うっさい」 フェンスに顔が食い込む。 いつの間にか感傷的になっていた自分に舌打ちをしながら、先程新羅が居た扉に目を向ければもうその姿はない。 全てが予定調和だったということか。あとで覚えてろ。 「手前のせいで濡れちまったじゃねえか」 「自業自得でしょ、シズちゃんの執念深さには脱帽だよ。今日は七夕なんだから、大人しく短冊にお願い事でも書きにいきなよ。あ、俺に死んで欲しいとかそんな願い事なら捻り潰すから、残念だったね。ま、織姫と彦星だって人殺しのお願いは聞けないよねえ」 「ごちゃごちゃうっせえ…」 少しは黙れないのか。 ぎりぎりとフェンスに臨也の顔を押し付けながら、耳元に口を近付けて囁いた。 「…2人、だな?」 「俺がシズちゃんに会えなくってしおらしくしてると思ったのなら大間違いだからね?バカなの、死…んっ」 押さえ付けられる力が弱まったのを良い事に振り返ればそのまま口付けられる。 誰よりも自分がアホくさい。嬉しいだなんて、死んでも言わない。 「…珍しいね」 「そうか?」 きょとりと静雄が首を傾げる。 「さっき、ドタチンと話してたでしょ」 「…ほんとお前、俺の事好きだよな」 「寝言は死んでから言ってくれますかー」 唇を尖らせて、静雄のシャツを引寄せた。 * 「あ、門田!」 「…おぉ、なんとかなったか」 「そりゃまぁいつもの痴話喧嘩の七夕バージョンってだけだしね。バカみたいに茶番なのに飽きないよねー」 「お前も言うよなぁ」 苦笑した京平が屋上に目を向ければ、影が重なっているのを見てしまい更に複雑な気持ちになった。 「俺たちってなんなんだろうな…」 「考えるだけ無駄だよ、気楽に考えると結構興味深いよ」 まぁ、セルティのことで頭一杯なんだけどね。新羅が笑って京平の肩を叩く。 勝手に手を加えて臨也の予定を狂わせてみるのも案外楽しい。 * 少し前。 「なぁ、今日臨也に会ったか」 校庭近くの渡り廊下で京平が話し掛ける前に、静雄がポツリと言った。 「…まぁ、俺は同じクラスだしな。そういえば、今日は休み時間もずっと教室に居たな」 いつもだったら、気付いたら教室に姿はなく激しい音が何処かから聞こえているのを思い出した。 「…うぜえ…」 「今日は喧嘩売られなかったんだろ?」 「面見せやがるのもうぜえけど、見せねえのもマジでうぜえ」 それを聞いた京平は少し哀れそうな表情を浮かべ掛けて慌てて、首を振って頭を落ち着かせた。 「…七夕くらい普通に過ごさせて…」 「あいつがか」 「あー…ナイ、な」 ふと、ここに来る前に新羅が言ったことを思い出す。 『静雄見掛けたらさ、空を見に行くように言っといてくれないかな』 言葉を反芻して、少し首を傾げながら京平は静雄に告げた。 「なぁ、星見に行ったらどうだ」 「…雨降ってんぞ」 言いながら、泣いている空を仰いで何か視界に留めて満足そうに笑んだ。 「悪くねえな」 * 校舎が天の川と仮定して、それを抜けて渡って屋上で出会えたということか。 「…はぁ…」 京平は思わず溜め息をついてた。そのため息を聞いて新羅が楽しそうに言う。 「あ、わかった?」 「あぁ」 茶番は、茶番だからこそ。 七夕ネタでシズイザ。 天の邪鬼な2人です。 来神組だいすき。 …あまり甘くない七夕になっちゃった…! 七夕に降る雨が『催涙雨』と知ってなんとなく書いてみたかったのでした。 <<戻 |