「傷付けてくんない」



臨也が笑う。
その日は珍しく静雄が臨也を見付ける前に、静雄を路地裏に引っ張り込んで相対して、唐突に先の言葉を吐いた。
なんの気まぐれだ、と静雄はうんざりしながら呟く。
「んだ、手前ついにマゾになりやがったか」
視線は決して交わりはしない。臨也が視界に入らないように、静雄は何か投げるものはないかと周囲を見渡す。
「やだなぁ、シズちゃん。俺どっちかっつったらサドっしょ」
「この際どうでも良い新宿帰れ。つかシズちゃんて呼ぶな新宿帰れ」
「え、なに、"新宿帰れ"が語尾なわけ?」
くすり、と嫌味に笑う声と何かが動く気配がして直ぐに臨也が静雄の視界に飛び込んできた。
その顔はいつもどおりの苛々させるものではなく、少し困ったような戸惑ったような表情を浮かべている。
「ノミ蟲?」
「ねえシズちゃん」
静雄の声に被せるように臨也が顔を覗き込みながら言う。
「俺は、"居る"?」
「日本語しゃべりやがれ」
「はは、ちゃんとキャッチボール、しろよ」
呆れたように肩を竦める。そして、流れるように言葉を紡いだ。


「俺は人が好きだ。愛してる。言っとくけど勿論シズちゃんは嫌い、大嫌いだよ。人は面白いくらいに俺の思い通りに動いてくれて好きだよ、本当に愛しいと思う。そんな人の動きを外から見てるのは、箱庭を管理する神様みたいなもんだよね。何かイレギュラーがあっても予定調和の範囲内だし、スパイスみたいなもんだから更に愛しいし面白い。俺はその箱庭にはいない、あくまで、外なんだ…」


そう一気に話してから、臨也は近くの壁に寄り掛かり街の喧騒を見る。
臨也の視線に釣られて喧騒を臨んだ時、路地裏に引っ張り込まれた時に掴まれたままの腕に気付いた。しかし、振り払うわけでも返事をするわけでもなくただ黙って腕を見つめた。そして思うのは、何故か振り払いたいはずなのに払えない、どこか悲しい。


「俺は、自分で望んで、臨んでるんだよ。でもさぁ、たまに凄く其処に"居る"のに"居ない"んじゃないかって感じるんだ。確信が持てないんだ。もしかしたら、俺は箱庭を管理してると思ってるだけで、そんな箱庭の中にいる誰かの掌の上かもしれない、でも分からない。だから、"居る"って関わってるっで実感が欲しいんだ」


だから傷付けて、と、ぎゅ、と静雄の腕を握り締めて苦しそうに笑う。こいつはいつもの折原臨也なのか、と思わずには居られない不安定な発言に静雄は眉間に皺を寄せた。

「…うぜえ」

「やっと口開いたと思ったら、それとか、なくない」
臨也が力無く薄く笑う。
「うぜえうぜえと思ってたが、やっぱ手前はうぜえな」
暴力が嫌いだ、震わせる奴が嫌いだ、わかってるだろと臨也を睨んだ。
「シズちゃんの都合なんて聞いてないよ。俺が、望んでんの」
だから、としつこく食い下がるの臨也に心底面倒そうな顔をして、
「今の手前は殴る価値もねえ」
と吐き捨てた。その時の臨也の絶望したような表情は見たことがなかった。

「手前は俺が相手しているとき、確実に存在してんだろ」
面倒臭そうに髪をかきあげながら言う。
要は、対峙するのは存在確認である、と。

「…たまには優しくして欲しいなぁ」
「満足できねえだろ、お前」
「…なんかその発言えろーい…」
「いっぺん死んでこい」
「あは、やだよ。あ、でも一回死んだら、俺は"居た"ことになるんだよね」
それはそれでいいかもね、と笑いながら
「俺、シズちゃんだけには殺されたくないなぁ」
と舌を出した。
臨也がもういつもの表情に戻っていることに安心する自分に嫌悪しながら、静雄は力任せに壁を叩く。コンクリートに亀裂が走る。

それが、合図だ。

日常の始まりであり、確認と認識の行動。
ひらりと、静雄が振り回す標識を避けて間合いを詰めてニヤリと笑う。


「シズちゃん」


勢いよくバーテン服を自分の方へ引き寄せて口付けた。
掠めるようなキスをした唇は口角を上げたまま

「たまにはこういう確認もいいかもね」

いつも通りの臨也が静雄の耳元で囁いた。
振り払うようにして、睨む静雄に
「あっれー、シズちゃんもしかしてお初?」
楽しそうにひらりと、身を翻して
「シズちゃんだけが俺の"居る"証をくれるから……やっぱり嫌い、だいっきらい」
と満足そうに池袋を駆けていった。
嵐のような勢いに一瞬呆けた表情をした静雄だったが、我に返った途端、舌打ちをして吐き捨てる。

「俺も手前が、きらい、だっつの」



"居る"から、"嫌い"と言えるその関係。



証明刻み








初めて書いたDRRR小説でした!
キャラ崩壊甚だしいですが、楽しかったです。

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