TOKYO1
―――30歳を手前に、大阪の支社から東京本社に異動になった。
鰍`MZ(AMAZING)社に入社して早9年。
短大卒の私をよく採ってくれたなぁ〜と思ったものの、社会人なんてもんは大学に出ていようが高卒だろうが、仕事は一緒だった。
東京本社と大阪支社とを構える我社は一流ホテルをメインとする大手で、この度東京に二号店なるホテル別館を建てることとなり、大阪支社から大人数が東京本社への異動を命じられた。
今まで何となく生きてきた。
特にこれと言って何かが得意なわけでもなく、特段やりたいこともなかった。
キラキラ輝く人生なんて程遠い。
何に対しても覚めきっていたんだ。
「ゆきみさあああーん!寂しかったー!!」
引越しの為、土日で先に東京に前乗りして、大阪支社の時の後輩美月の家にお世話になることにした。
新幹線の改札までものの見事に迎えに来てくれた美月は私の荷物を退かしてギューっと飛びついて来た。
あはは、相変わらず可愛いんだから。
「美月、久しぶり!元気にしてた?」
コクコクって頷く美月の後ろ、物凄いイケメンが私達を見て半笑い。
…もしかして、噂のトサカくん?
目が合った彼はニコッと微笑んで甘い声で「初めまして、登坂広臣です!」そう言ったんだ。
…彼氏できた、とは聞いたけど、こんなイケメンだなんて聞いてないよ美月!
「こんにちは、わざわざ迎えに来ていただいてすみません…」
「いや暇だったし、どのみち来るの俺達んとこなんでね!」
…なんだって!?
なんだって、え、なんだって!?
「美月、俺達って言ってるけど目の前のイケメン!もしかして、このイケメンと一緒に住んでる!?」
「え、大丈夫ですって、臣くん今日は健二郎くんとこ泊まりに行くって行ってたし!」
「大丈夫じゃないわよ、もう!男いるならお世話になんてなれないでしょー!たく…」
「え、やだ!あたしゆきみさんと寝たい!」
ギューって抱きついて離れない美月にガクンとずっこけそうになる。
寝たいって、なんだその言葉!
勘違いするぞ、私がオスだったら。
「はは、でもマジで大丈夫ですよ!俺こいつにしか興味ないから!」
イケメン、地味に失礼だぞ。
爽やかな笑顔で、なんならお洒落な格好しててめっちゃいい匂いするけど、ちょっと腹立つわ。
「でもー。とりあえず信ちゃんに東京ついたって連絡するから…あ、電話」
ポケットに入れていたスマホ画面には、信ちゃんの文字。
「もしもし」
【おう、ついた?】
「うん。ちょうど今LINEしようとしてたらかかってきた!」
【タイミングばっちりやな。引越しの手伝いで丸そっちに向かわせてん。ヨコも夜には着く言うとって。合流したって?】
「…きみくん、来るの?」
私の言葉に一緒になってスマホを耳に当てて聞いていたであろう美月が、あっという間に離れた。
そんな美月を見てちょっと笑ってしまう。
口をパクパクさせてる美月は、イケメン登坂に倒れかかっていて。
【とりあえず丸とヨコは今夜はホテルに泊まる言うてたで。お前美月んとこやろ?】
「うん。そうなんだけど…」
【なんや?】
言ってもいいものだろうか?
…まぁ言ったところで信ちゃんに限って今更ヤキモチなんて妬くわけないか。
「それが、美月彼氏と一緒に住んでて。あでも今夜は彼はお友達のところに行ってくれるみたいなんだけどね」
【は!?なんやそれ、あかんわそれ!知らん男の家になんてあがんなや?】
あれれ?
思いの外、妬いてる?
普段絶対そんな素振り見せない信ちゃんだから、何だかちょっと可笑しい。
「んーとりあえず、丸ときみくん合流するまでちょっと考えとくね!信ちゃんはいつこれそう?」
【すぐ行くがな!】
「あははっ、唾飛んでるよ、信ちゃん!大丈夫だって、美月以外興味ないって言われたし!」
【失礼なやっちゃな。ゆきみの魅力に気づかないなんて、人生半分損しとるわっ!たく!】
…うわ、なにこの台詞。
信ちゃんってこんな情熱的な人だったの?
「それ顔みて言ってよ?」
【言うかボケ!電話で離れとるからや!とりあえずヨコにうまく言うとくから、なんとかしてもらい?ええな?】
「うん。分かった。ありがと、仕事なのに」
【かまへんよ。行けんくて悪いな。ほな取引先ついてん、またかける!】
「うん。あ、待って!?」
【なん?】
「好きだよ」
【知っとるがな!ほなな】
「信ちゃんは?」
【……当たり前やろ、俺も好っ】
半ばムキになってそう言う信ちゃんが可笑しくて、途中で電話を切ってやった!
笑いながらスマホをしまうと美月とイケメン登坂が私を見て微笑んでいる。
「村上さんよりいい男、東京には沢山いますよ?ゆきみさん!」
「マジで!?じゃあ乗り換えちゃおっかなぁ!」
冗談だけど。
私にとって信ちゃんは唯一のオアシス。
髭濃くて顔近いしよく唾飛ばすし笑顔がきったないけど、出会った時から信ちゃんは私だけを想ってくれていた。
同期飲みの時に酔っ払ったノリで「チューしようや?」って言われて。
そのまま気づいたら信ちゃんの家で朝までコース。
だから二人一緒に大阪支社に配属された時はちょっとだけ嬉しくて。
不器用だけど、聞けばちゃんと言葉にしてくれる所もわりと好き。
このまま結婚するのかなって、密かに思っていたりする。
だからこの東京に運命の出逢いがあるなんて、微塵も思わなかった―――――
そう―――――恋は、すぐそこに落ちている。