哀しみの先1


もう歩く気力も話す気力もなくて。

それでも涙だけは次から次へと溢れて止まらない。

健二郎さんの首に顔を埋めるとギュッと強く私を抱いた。

土砂降りの雨の中、健二郎さんは私を抱っこしたまま海沿いのホテルに連れて行った。

なに?ラブホ?……な訳ないか。



「風呂一人で入れるか?」



健二郎さんの言葉に首を横に振る。

健二郎さんはソファーに座ってる私の前で膝をついて下から見つめあげる。

びしょ濡れの健二郎さんの黒髪はヘナっていて。

ペタってしなっているのに、すごく綺麗に見えるなんてどうかしてる。



「ほんなら俺が一緒に入って洗ったろか?」



もうどうでもいいって思って健二郎さんの肩に手を置いてそのまま抱きついた。

コクっと頷くとゴクリと健二郎さんが生唾を飲み込む音が響いた。



「ほんなら…汚れ落とさな手当てできひんし。な、なんもせんって、約束する。み、見いひんから洗わせてな」



ツッコミどころ満載だったけど私はほんの少しだけ口端を緩めて小さく頷いた。

直人さんの気持ちも確認してないのに、あの見つめ合う2人を見たら答えなんて見えてるように思えて。

いつもなら「その女誰よ!?」って言う所なのに何も言えなかった。

あんな優しそうな直人さんの顔は初めてだったから。



シャワーで優しく私の身体を洗い流す健二郎さんをジッと見つめていたけど、一度も目が合わなかった。

私を丸裸にしてシャワーまで浴びせてくれた健二郎さんは、直人さんみたいに覚醒もしないでしっかり手足の手当てまでしてから自分がシャワーを浴びに行ったんだ。

やっぱり優しい健二郎さん。

ベッドに寝転がって目を閉じても眠気なんて来なくて浮かぶのはほんの一瞬見たあの2人。

思い出したくないのに頭から離れない。



「ゆきみ…」



さっぱりした健二郎さんが私の頭を撫でた。

眼鏡をかけてしっかり私を見ている。



「何があったん?兄貴と…」

「………」

「隆二に聞いた。あの女が戻ってきてるって。神社で見つけたゆきみがボロボロで手当てしようとしたらいなくなっとったって…とりあえずさっき隆二にはゆきみ見つけたって連絡しといたわ」



また心配かけちゃった隆二さんに。

言葉を話したいけど、喉の奥から声すら出せなくて…

口に出して楽になりたいのにどうしてかできなくて…

泣き出す私を健二郎さんがちゃんとした慰め方でふわりと抱きしめた。



「うっ…うぅっ…」



直人さんとよく似た健二郎さんの優しい温もりに涙がどんどん溢れてしまう。



「ええよ泣いたらええ。そんでお前が楽になるなら気がすむまで傍にいたる…」



ギュウって健二郎さんが強く強く私を抱きしめる。

この人こんなに情熱的な人だったの?ってくらいに。

カチカチって時計の秒針が動く音と、トクントクンって規則正しく脈打つ健二郎さんの心音が心地よくて…



「健二郎さん…」



やっと乾いた声が出せた。



「おん?」

「直人さん知らない女と一緒にいてね。約束の時間過ぎても来なくて、もしかして具合悪くてどっかで倒れちゃったの?って思って健二郎さんのとこ行ったんです…」



あの時そこまで言ってたら健二郎さん止めてくれた?



「そやったか。気づかんで悪いなぁ…」



ポンポンって私の背中を赤ちゃんをあやすみたいに撫でる。

首を振って否定する私をまた少し強くギュっと抱きしめてくれる。



「隆二さんに今朝元カノがこっちに戻って来てて直人さんのこと探しているって聞いて、私嫌だから直人さんに何も伝えてなくて。私のこと好きだよって言ってくれたから、だから大丈夫だって思ってたのに、こんなことになるなら待ち合わせなんてしないで家からずっと一緒に行けばよかった…。元カノに会っても大丈夫だって自信があったんです私…―――でもダメだった。探しても探しても直人さんどこにもいなくて…最後の花火があがった瞬間、人の隙間から直人さんと女が見つめ合ってる姿だけが見えて…追いかけようとしたらもう見失ってて…」

「分かった、もうええよ。もう分かったから、もうなんも言わんでええ…」



健二郎さんが少し距離を作って私の涙を指で拭う。




「よう頑張ったな…偉いで…」

「直人さん、どうして何も言ってくれないの?あの女に会った瞬間に、私とのこと全部忘れちゃったの?」

「…何かわけがあったかもしれんな兄貴も…」

「わけってなに?花火大会一緒に見ようって約束したのは私でしょ?それなのになんで他の女と見てるの?健二郎さん、どうして…?」



私の問いかけに困ったような表情をする健二郎さん。

どうしたらいいのか私も健二郎さんも何一つ分かっていない。

責めたって仕方がないのに言わずにいられなくて…

きっと受け止め方も分からない健二郎さん。

小さく息を吐き出した健二郎さんは私をジッと見つめる。






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