■ 叶わぬ想い1
「ゆきみさんっ!」
追い掛けて来た直人は、わたしの腕を掴んで止めた。
肩で大きく呼吸を繰り返す直人の腕は、痛いほど強くわたしの手首を握っていて。
心配そうな瞳がわたしを見ている。
人前でなんか泣きたくない!
格好悪い!!
そう思っているのに涙は止まらなくて、哲也の言った言葉がわたしの頭の中をグルグルに回っていた。
どんなに頭で分かっていようと、哲也が大好きなわたしには堪え難い痛みで、もう何も考えられなかった。
走ったせいで、心臓がバクバクしていて…痛いんだ。
「待て直人、ゆきみを離せ」
振り返らなくても分かる。
後ろから聞こえた威圧感のある声は哲也の物で、カツン…カツン…って手前から聞こえる足音は、直人も場所を開ける事になるタカヒロだった。
「直人戻っていーぞ」
わたし達の横を通り過ぎながらタカヒロが直人の肩にポンッと触れて、奥のVIPに向かって行く。
一体全体どこに行っていたんだろう、この人は。
タカヒロがいないせいで…
ノリの苛々に付き合わされているわたし達のことなんてお構いなしで。
…って、結局わたしは人のせいにする事ばかりだ。
自分の惨めさを誰かのせいにするなんて、なんて最低なんだろう。
哲也がノリを一番に考える事に、わたしは何の関係もない。
わたしが哲也を好きだって、それだけの事なのに。
タカヒロの後ろ姿を見つめながら、わたしは又小さく溜息をついた。
わたしを掴む直人の腕に一瞬だけ力が入ったから、直人を見上げると切なそうにわたしを見ていて、静かに哲也へ視線を移すと同時にわたしの腕を離した。
解放されたわたしは、その場で動く事も出来ずに立ちつくしていた。
タカヒロがバタンとドアを閉める音と、直人がわたしの視界から見えなくなるのとほぼ同時、哲也の温もりが後ろからわたしを包み込んだ。
哲也の香りを存分に浴びて、しばらくの間ただ何も言わずにその温もりを感じていた。
「ゆきみ…」
『…はい』
「何考えてる?」
…何って…
哲也の事に決まってるじゃん!
とは言わず、何も答えないわたしを更に強く抱きしめる哲也。
「俺はゆきみの事。それしか考えてねぇ」
この期に及んでそれでもまだそんな事を言う哲也。
それなのに分かってるのに、そんな哲也の言葉が何より誰より嬉しくも感じる。
でもわたしよりノリを選んだ哲也の言葉は、今のわたしにとってなんの信用もない。
答える言葉すら見つからない。
『帰りたい』
「ダメだ」
『なんで?』
「まだ帰せねぇ、まだこのままだ…」
そう言った哲也の言葉に又止まりかけていた涙が溢れ出て来た。
このままどこまでいけば、わたしは哲也に辿り着けるんだろうか。
教えて欲しい…