覚醒1



「元カレのこと、思いだしたりしない?」


この期に及んで行沢さんにそう聞いた。

どんな答えが返ってくるのか興味があった。

女は別れた男のことどう思っているのか…―――


「元カレ?」

「うん、いるでしょ元カレ」


隆二と同じように開いた足の間に行沢さんを入れて椅子に座っている俺。

不本意ながらもこの距離が心地よくて。

甘いシャンプーの香りを漂わせながら俺にメイクをのせていく行沢さん。

目を閉じてただその匂いを感じていた。


「いないよ、元カレなんて…」


だけど彼女のその言葉にパチっと目を見開く。


「は?いねぇ?」

「うん」

「えだって…―――ずっと付き合ってるってこと?」

「うん、そうだよ」

「学生の時からずっと?」

「うん、ずっと…」


ガタっと思わず椅子ごと後ろに引いた。

ほんの一瞬メンバーがみんな俺を見たけどすぐに目を逸らす。


「初めて聞いたそんな人…すごいね、よく別れなかったね…」

「別れようと思ったこともあったけど、彼以上に優しい人はいない気がして…」

「羨ましい…何か」


ボソっと本音が零れた。

別れようと思って付き合う奴なんていなくて。

分からなければ知りたいと思うし、不満があるならどんなことでも聞きたいと思う。

多少の我儘でさえ許したいと思っているのに、いつだってフラれる。

同じ理由で。

抱きしめてキスして愛情込めて繋がっても、それでも「分からない」って言われる。

分からない理由もちゃんと教えてくれないのに、俺だけが責められる…。


「臣?」

「ずりーよ」

「え?」

「そんな風に信じて貰えてる行沢さんの彼氏…ずりーよ」


吐き捨てるように言葉にした。

すっげぇ小さく。

俯く俺の顎に手を添えてクイっと上を向かせる。

小さな顔がジッと俺を見ていて。


「臣だって信じて貰ってるでしょ?」

「…読んでねぇじゃん俺のエッセイ」


読んでたらそんなこと言うはずねぇだろ。

ムスっと行沢さんから目を逸らした。





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