今日は帰らないから
秘密の恋を始めてから、その日はわりとすぐにやってきた―――――
「せーんせ。今日帰り先生の部屋寄ってもいい?」
みんなが帰ったここ、教卓で来週の授業の準備をしている私の前、うちのクラスの級長である片岡くんがチョロチョロと私の周りでつきまとっていて。
「ダメよ、絶対にダメ!」
ムウっと顔を突き出してそう言う私に向って、罪のない…いやいや、物凄く罪深い笑顔を飛ばすんだ。
「いいじゃん!先生もオレが手伝った方がいつも早く終わるだろ!?」
…ごもっとも。
「そうだけど…」
「よし、決まりな!」
強引に私の肩を両手で押して教卓にある資材をしまうと私を職員室へと促せた。
そう私たちは、誰にも内緒の恋人なんだ。
卒業するまでは…って一応の約束はしてあるものの、片岡くんは隙あればそのチャンスを狙いにきていて…。
正直な所、私の方が色々限界に近くて…。
「ユヅキちゃん合鍵くんねぇ!?」
「…へっ!?」
既に私の家のアパート前で待っていたであろう片岡くんが突拍子のないことを言った。
玄関に入った途端、ギュっと後ろから抱き締められて…身体が熱くなる。
トクントクン…って規則正しく脈打っていた心臓はドキドキバクバクで…
「離してよぅ…」
何とも弱弱しい声でそう返すけど「やーだ」そう言ってクルリと私の向きを返させると、壁越しにドンっと手をついた。
やだこれって、生徒達が噂してた【壁ドン】ってやつじゃないの!?
…なんて舞い上がっていた私の前、片岡くんの顔がゆっくりと近づいてきて…
「ユヅキちゃん好きだよ」
言葉のすぐ後、小さく唇が重なった。
壁ドンに舞い上がっていた自分を呪いたいのに、片岡くんのキスはいつも優しくて…
強引なのに決して無理やりしないって所がすごく嬉しくて…
だからなのか、もっと欲張りになる…――――
ギュっと片岡くんの手が私の壁についていた手を握り締めて…
そっと唇を離す。
トロンとした目で彼を見上げる私の耳に顔を寄せて甘く囁いたんだ―――――――
「今日は帰らないから」
…え?
え??
ええええええ!?
なに、どういうこと?
私の気持ちを置いてきぼりにしたままの片岡くん。
「待って、か、帰らないって!?」
「泊まるってこと!明日暇でしょ?ユヅキちゃん。一緒に過ごそうよ!ここで二人っきりで…」
私の部屋を指差してニッコリ言うけど。
「そんなの絶対にダメよ!あなたたちは今も教師と生徒なんだから」
そう首を振る天使のユヅキと、そんな天使を強烈な矢でぶっ刺しているデビルユヅキ…。
「さっさとやっちまえよ!バレやしねーよ!」
脳内で喧嘩を始めた二人。
どうしたらいいの!?
そう考える時点で勝敗は決まっているんじゃないだろうか…。
合鍵だって、じつは作っているって事実を彼に言ったら喜ぶだろうか…。
「片岡くん…」
「うん?」
「…バレちゃわないかな?」
「大丈夫、オレ嘘うまいから!ユヅキちゃんの為ならね…」
私の腰に腕を回してオデコをくっつくてそんなことを言われた。
――――結局、私の脳内で勝ったのはデビルユヅキ。
「ユヅキちゃん風呂一緒に入ろう?」
「ダメ!さすがにダメ!!」
「なんでよ!?」
「色々あるの!」
「ん〜じゃ我慢する。待っててね!」
そう笑ってチュっと私に軽いキスをくれた片岡くんは…―――私が思う以上におとなだったなんて。
*END*
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