ずっと傍にいてほしい

ポロンと鳴ったLINEを見てしまったと思った。

カレンダーを見て慌ててジャケットを羽織る。

場所はいつも同じだから分かってる。

俺は走ってその公園まで行ったんだ。

そんな俺が来るのを分かっていたであろうハルカは、遊具の上から公園にたどり着いた俺をいつものごとく見下ろしている。


「帰るぞ」


一言そう言うけど、降りてくるわけもない。

足を投げ出して空を見上げるハルカに向かって手を伸ばす。

そんな俺を見下ろしながらハルカが一言言ったんだ。


「ケーンチ!セックスしよっか?!」


…頭いて…。


「俺健一郎だから」

「いいじゃん、ケンチもカンチも変わんないって!」

「あのなぁ」


呆れた顔をしながらもハルカを見上げる俺にちょっとだけムスッとした顔をするんだ。


「東京なんて行ったらこーいうこと平気で言えちゃう女がいっぱいだよ!そーいう体だけの女に捕まっちゃえばいいんだよっ!」


ハルカの親父さんは普段単身赴任で海外にいる。

そんな親父さんが若い頃にした浮気で、おばちゃんの精神が崩れたんだ。

そのおばちゃんをずっとこのハルカが面倒をみていて。

今日は親父さんが一時期国する日だった。

顔を見合わせれば喧嘩の絶えない親の姿なんて見たくない気持ちは分かる。

だから親父さんが帰国する日は、ハルカは決まって家出をしていた。

だけど、東京でのデビューが決まったから俺はそんなハルカを一人残して行っちまうわけで。


「そんな女に相手にされないから。そんなことより、おばちゃん一人じゃ大変なんだからそろそろ帰ってやんねぇとまずくない?」


俺の言葉にブンブン左右に首を振るハルカ。


「知らない、勝手におかしくなればいい」

「…そーいうの嫌だって話してみたら?親父さんに…今のおばちゃんの現状とかもさ…」

「言っても無駄でしょ」

「なんでだよ?なんでハルカはいつもそうやって黙って我慢してんの?」


勿論生まれ持った性格もあるんだと思う。

けど、人の気持ちなんてもんは、気持ちでしか受け止められないわけで。

どんな人間にも痛みの分かる心根っていうもんはあるんじゃないかって、俺は思ってる。

それをハルカに分からせてやりたい。

じゃなきゃ、こいつ置いて東京なんて行けねぇ。


「ケンチには分かんないよ。病気だもん、ママもパパも…私のことなんて誰も考えてくれない…このまま野垂れ死んだって、誰も気づかない」

「よせよっ!!!」


思わず声をはると、ハルカがビクッと肩を竦めた。

薄らと目に涙をためてこっちを見ている。


「ごめん怒鳴って。けどな、ハルカの周りにもいるだろ?心配してくれる友達もさ」

「だからいないって」

「しーちゃんはどーしたんだよ?」

「知らないよ。他の友達と韓国旅行中だよ。今まで3人で行ってたのに…誘われもしなかったんだから…」


小さくなっていくハルカの声に胸が締めつけられるようだった。


「…いいの?それで。悔しくないの?思ってること我慢しないで言えよ」

「だから言っても何も変わんない!!分かってるから言えないっ!!」


感情的に言葉を吐き出すハルカの心の傷は相当深い。

でもそれが逆にハルカの心配な所であって。


「ハルカが人を信じてないんだろ?だから伝わらないんじゃねぇの?違う?」


無言で俺を睨みつけるけど全然怖くなんてなくて。


「ぶつかれよ、親も友達も。今は伝わらなくてもいつか伝わるって信じて。真剣な言葉だったらどんなに下手な言葉でも、心に届くもんじゃねぇ?」

「………」

「ハルカが信じた人になら届くから」

「………ケンチ、」

「うん?」

「変わりたい…よ。親も仲良くして欲しいし、友達も欲しい…人と仲良く笑ってたい…」


震える声で気持ちを吐き出すハルカに向かってもう一度腕を伸ばした。


「おいで」


俺の言葉に泣きながら遊具から降りてきた。

胸の中に飛び込んでくるハルカをギュッと抱きしめる。

甘い香りが鼻をついて、不謹慎ながらドキッとしてしまう。


「弱い自分嫌い。いつも負けちゃう、諦める心に…」


ゆっくり1つ1つ言葉を繋ぐハルカの背中をあやす様に軽く叩く。


「…でも一番は、寂しい…ケンチがいなくなるの…」


思いもよらぬ言葉に内心テンションがあがる。

ちょっとだけ胸をずらして距離を作る俺を見つめるハルカの頬は涙で濡れていて。

それを指でそっと拭ってあげた。


「最初の東京の女の話だけど」

「…え?」

「えーっと体だけの女だっけ?そんな女に引っかかる程余裕ないから俺…。ハルカは自分のこと嫌いって言ったけど…そういう弱い部分も持ってて。だけどちゃんと今自分を見つめて認めて変わりたいって、そう思えたハルカが俺は好きだよ」


キョトンと俺を見つめるハルカ。

1つ息を吐き出してから真っ直ぐにハルカを見つめ返した。


「どんなハルカであっても、ずっと傍にいて欲しい…」

「ケン、チ…」

「迎えに来るから待ってて欲しい。絶対デカくなって戻ってくるから」


言葉にすると、それは本気に変わる。

誰かに言いたかったんだ。

いや、誰かじゃなくてハルカに伝えたかった。


―――――俺たちの愛は本物だって。

この俺の真剣な想いと共に。


「うん、待ってる」


素直に頷くハルカは、今日1つまた大人の階段をあがれたんじゃないかって。

そう信じる―――――






*END*

Special Thanks Love HARUKA