後悔しないように
「いや、取引先の社長さんが若年性アルツハイマーみたいで、うちとの商談諸々抜けちゃってたらしくて…」
「え?大丈夫なの?」
「うん、商談自体は専務も一緒だったしうちで…って言ってはくれてるんだけど、社長のことは隠していたみたいで…世の中何があるか分かんねぇなーって。今を生きるのに後悔しないようにしないとなぁ…なんて思っちゃって…」
そう言って直人は私をジッと見つめる。
それから一息ついてまた私を見た。
「ユヅキ今夜空いてる?飯行かねぇ?二人で…」
何となく、直人が醸し出す空気が甘い。
後悔しないように生きないと…なんて言われた後にこの言葉。
これは、直人の想いだと受け取っていいんだろうか…。
「行く…」
そう言った私にニコって八重歯を見せて微笑むと「二人きりだからなっ!」ムニュって直人の指が私の頬っぺたを優しく摘んだ。
それが「覚悟しといて」とでも言われたような気分で、身体が熱くなる。
ふと視線を感じて反対側を向くと、えみが嬉しそうに微笑んでいて…小さくえみに向ってピースをしたんだ。
そんな浮かれた気持ちのまま迎えたお昼休み。
「ああ〜もう!もどかしい!早くくっついちゃいなよっ!」
何となく社員食堂じゃなくて外に行きたくて、みんなを誘って会社の近くにある御茶屋さんに来ていた。
席に着くなりそう言うえみに、「えみ先輩なんの話ですか?」身を乗り出して聞くハル。
そんなハルの隣にいる新入社員のアサミちゃんは興味津津に私達を見ていて。
「言ってもいいの?」
あえて私に確認を取ったものの、ハルにバレると正直面倒くせぇな〜…なんて思うわけで。
「あ、分かった!隆二さんとのことですか?!」
思いついたようにそう言ったアサミちゃんを見て目が点になった。
なんだそれ?
隣のえみも同じように目を点にしてアサミちゃんを見ているわけで。
「あれ?的外れでした?哲也さん達が社内でそんな話してたって…」
はぁ!?
哲也!?何様!?
そう思ったけれど、逆にもっと気になることを見つけたのは私で。
「アサミちゃんいつから”哲也”呼び?」
キョトンと私がそう聞くとビクっと肩を竦めて真っ赤になった。
なにこの反応!可愛い!!
「本当だ、アサミちゃんってばいつの間にか。この前は土田さんだったよね〜」
ニヤっとしながら私に続いてそう言ったえみに、更に真っ赤になるアサミちゃん。
これは何かあったな!
えみと顔を見合わせてニンマリ笑った。