やっぱり黒…
え?
自分の耳を疑った瞬間、唇付近に隆二の髭がフワリと触れたんだ。
なに?
思わず目を見開いた私の後頭部を腕で押さえつけてちょっと強引に舌が入り込む…。
「ンンッ…」
声が漏れたと同時に隆二が私からスッと離れていく。
衝立のこっちにある冷蔵庫にある缶コーヒーを手に取って出て行った。
何、今の…つーか誰!?
あれが私の知ってる紳士な隆二くん…!?
信じられないって口元を手で抑えていた私に、隆二と入れ替わりみたいに哲也が入ってきた。
「よう、おはよ!…ってユヅキすげぇ顔してんぞ」
ニヤリと笑顔を見せたものの、今哲也に構っている暇は正直ない。
無言の私の顔を覗き込む哲也は衝立の向こうを歩いて行った隆二を追いかけるように視線を移した。
「え、お前ら…どうなってんの?」
「…わ、分からない…。どうなってる、私?」
「いや俺が聞いてんだけど…つーかそこ退いて。珈琲淹れるから」
哲也に退かされてようやくこの場から一歩足を動かした。
「啓司にあった?」
「あったよ〜。朝からユヅキと直っさんが出来上がっちゃった!って泣きそうな顔してたよ」
専用の豆をドリップしながらそんな言葉。
その手つきは慣れたもんで、哲也にしか出せないいい香りが充満している。
「本当にてっちゃんにチクったんだ啓司…」
「はは、朝一にね〜。まぁそうなるって分かってたけどね」
ポンポンって哲也の大きな手が私の髪を優しく撫ぜた。
今の興奮からほんの少しだけ癒されたけど…「で、隆二と寝たの?」…言われて気づいた。
「聞いてない…」
「こらー。肝心な所聞かなきゃダメじゃん!」
「だって…」
隆二があんなんだと思わなかったんだもん、なんて言えるわけもなく。
だけど哲也が珈琲から目を逸らすこともなく小さく呟いたんだ。
「約束ってなに?隆二と直人、股かけすんの?」
それは怒っているというよりは、若干楽しんでいるようにも見えなくもなくて。
「股かけって…そんな」
そこまで言って気づいた。
「何で約束のこと…」
「今言ってたじゃん隆二!」
「ちょ、聞いてたの?」
「聞こえたんだって。安心して、俺しか聞いてないから!」
いや、何の安心もできないんだけど。
「あの…」
「まぁ、黒だなユヅキ!直人にバレないようにね」
珈琲を淹れ終わった哲也は動揺する私を置いて、隆二の後ろ姿と重なるように給湯室から出て行った。