▼ 強がり 1
高校最後の夏が始まる―――
カキ―――ン!!
心地良い金属音が空いっぱいに鳴り響いているここ、都内のEX学園。
毎年甲子園出場校として名を掲げている我がEX学園は、ここ数年甲子園一回戦敗退という切ない記録を残してしまっていた。
今年こそ…そう思って頑張ってきた高校3年間の思いがいっぱい詰まったここで、私はたった一つ、報われない恋を諦めきれずにいる。
「マネージャーやってくんない?一緒に甲子園…目指そうよ!」
甲子園出場校というだけあって、女子マネージャーのミーハー的な応募は数知れず。
だけれど、その実態は仕事内容の多さや、ハードスケジュールについてこれない子が多かった。
だからか、一年の時に野球部員が直接マネージャーをやってくれそうな女子を拾ってくるっていうルールができたみたいで。
高校一年の春、同じクラスで隣の席に座っていた私にそう声をかけてきた彼。
見ためのかっこさよと人懐っこさに、私はちょっと浮かれ気味でOKを出したんだった。
それから3年目の夏、ようやく私達の夏が始まった。
「嘘…」
戻ってきた英語のテストを見て血の気が引いた。
むしろ冷や汗までかきそう…。
「おおお、可愛い数字じゃん!」
後ろから答案用紙を覗き込まれていたのか、同じクラスの岩田くんこと岩ちゃんが笑いながらそう言う。
「ぎゃあっ!見ないでよ〜…」
半泣き状態で赤点ギリギリの答案用紙を胸に閉じ込めた。
机の上に座って足をプランプランさせながら自分の答案用紙をいやらしく見せている岩ちゃんの点数は余裕の”100点”って書いてあって。
勉強もスポーツもできるエリートな岩ちゃんを…私はずっと好きなんだ。
だけど野球部の私達に恋愛を楽しんでいる余裕も暇もなくって。
だから3年の今に至ってもまだ列記とした片想いを続けている訳で。
「ユヅキ勉強してなかったの?」
不思議そうに首を傾げる姿に、余計に惨めになった。
ここんとこ親と喧嘩してうまくいってなくて、その反動でなのか、色んなことが悪循環だった。
完全に負の連鎖中…このスパイラルから今だに抜け出そうと必死になればなるほど、地味に凹むことばかりが起きていた。
勉強だってしなかったわけじゃないけど…連日の練習の疲れでついウトウトしてしまってこの結果。
とはいえ、部員の岩ちゃんが100点なのにマネージャーの私が45点って…どうなのよ?
「言ってくれたら俺が教えたのに、恋のA・B・Cも一緒にね」
「…古いよ、それ…。でも本当に教えてもらえばよかったかも…」
何だか岩ちゃんの調子についていけなくて。
いつもなら言い返すこともしてるのに、負の連鎖中の私は、若干の余裕もないんだって。
だからか、そんな返しの私を見て「あれ?マジ凹み?」岩ちゃんが顔を寄せて覗き込んでくるから一気に身体がカアーっと熱くなった。
「いいの、気にしないで。今ちょっと自粛中だから…」
「え、なんで?」
ポカンって明るい笑顔で私を見てくるけど。
「…恥ずかしながら反抗期…」
「ユヅキが?」
「うん。先月親と喧嘩してからうまくいってなくて…」
「ユヅキが?」
「…え、うん」
「本当に?ユヅキが!?」
「だからそうだって!!」
思わず大きな声でそう言うと、岩ちゃん目掛けてあげた腕をスッと掴まれた。
「ごめんって。でもなんか想像できなくて。ユヅキいっつも優しいから。気分転換に帰りデートでもする?」
…何を言い出すのかと思った。
思わず言われた瞬間に岩ちゃんを睨みつける私。
「3組の彼女に怒られるし…」
「あー先週別れたよ。今俺フリーよ、フリー!」
「えっ!?またっ!?」
「…またってひでぇな…。これでも俺いつも真剣なんだけどね〜。どうしてか女がいつも疑ってさ…マジ面倒くせぇーなーって声に出ちゃったんだよね。したら激怒!部活も勉強も恋も遊びも、どれも順位なんてつけらんないじゃん、普通…」
チラっと私を見て微笑んでいる。
「私を一番に見て!とでも言われた?」
「ん〜そんなとこ。そーいうのマジ面倒なんだよね。だからしばらく女はいいや!」
そう言うと岩ちゃんは机からピョンっと飛び降りた。
それから私を上から下まで舐めるように見て一言言ったんだ。
「でも、ユヅキはそういうこと言わないし、一緒にいてすげぇ楽だよ。ユヅキならいいかな…。俺と付き合わない?考えといてよ!」
…―――いとも簡単に、超超軽々しく。