ぶっさいくねぇ。帰宅途中、偶然居合わせた玲央は顔をしかめてそう言った。
 お互い仕事帰りで、週末を目前にして一人街を歩いていた。どうせ暇なんでしょ、うちに来なさい。そんな玲央の一言で、暇をもて余した私たちは玲央の家に向かった。一人暮らしの男の家にあがることが何を意味するのか。そんな世間の一般常識は私たちに当てはまることはなく、決まって恋愛の話や仕事の話をしてお開きになる。玲央とは女友達のような、そうでないような、曖昧な関係だ。お泊まりはしない。それだけが、唯一の境界線のように思う。

「玲央ー。水が飲みたいなあ」

 整えられたベッドの上に、ぼふんと飛び込んで玲央に告げた。途端に自分でいれなさいだとか、汚くなるから降りなさいと文句を言われたが、そのまま動かないでいると冷蔵庫が開いた音がした。文句をいいつつも、しっかり用意してくれるらしい。
 布団に顔を埋めると、玲央の香りが肺を満たしてくれた。自分の部屋にいるよりも落ち着くのが不思議で敵わない。大して疲れていないのに瞼が重くなってきたところで、玲央がグラスに入った水を持ってきてくれた。美意識の高い玲央は水に少しお金をかけているので、私はここへ来る度にそれにあやかっている。

「溢さないようにちゃんと起き上がって飲みなさいよ」
「ん」

 体を起こしてベッドの上に座り直し、玲央から水を受け取った。玲央は私が喉を潤している間に、ベッドに背を預けて柔らかいラグの上に腰を下ろした。テーブルの上には私が飲んでいるものと同じものが置かれている。玲央は私が水を飲むのをやめると、そのグラスをテーブルの上に置いてくれた。

「アンタまたフラれたんでしょ」

 玲央の遠慮のない言葉は的を射ているのに、決して私の心に傷をつけない。玲央は男だけれど、その心の性別はどちらなのか未だにわからないけれど、この手の話は玲央とするに限る。欲しい言葉ではなく現実を正しく教えてくれるから、私が変に夢を見てしまったりすることを防いでくれるのだ。

「うん」

 別れた原因は相手の浮気だった。浮気現場を見てしまうというドラマではありがちなことを経験した。彼氏が他の女とキスをしているのを見るのは気持ち悪かった。汚いと思ってしまった。
 後日に浮気について問い詰めると、あっさり認められてしまった。嘘をつかれることは嫌でも、あまりにもあっさりと認められるのは癪だった。つまり相手は私を手放してもいいと思っているということだ。その事実が気持ち悪かった。

「“お前といると自信がなくなるんだよ”って…浮気の原因は私にあるって言ってるようなものだよね」

 それなら別れようか。その言葉が簡単に口から漏れた。浮気したくせに、「なんで」と目を丸くして驚かれた意味が未だにわからない。浮気したのはあなたで、そうしなかったのは私。フッたのはそっちのくせに、どうして傷つけられたと言わんばかりの顔をしたのだろう。

「相手を繋ぎ止められなかったのはあんたなんだから、少なからず原因はあるでしょうね」
「…まあ、それはわかるけど」
「男はね、頼られることが好きなの。あんたは頼るってことをしなかったでしょ」

 玲央に聞かれて思い返してみると、そんな記憶は見当たらなかった。頼らなくても困ることは何もなかったのだ。

「頼られると、それが自信に繋がるのよ。あんたはそうしなかったから、相手は自信が無くなってしまったんでしょうね」
「へぇ…玲央もそうなの?」

 玲央は男だ。しかしこういう人だから、その考えを当て嵌めていいのか私にはわからない。私を含めたそこら辺の女の人よりずっと肌も髪も綺麗で、それが努力によるものだということを知っているから尚更である。少なくとも、私が今まで関わってきた男の人たちと玲央はまったく違う。

「私は自信あるわよ」

 当たり前じゃない。そんな言葉が含まれているように感じた。
 玲央は振り返って私を見ると、呆れたように溜め息をついた。

「あんたはよくフラれるわね」
「うん」
「けど、傷付いているようには見えないわ」

 言う通り、傷付いているという表現は私に合わないかもしれない。裏切られたショックより、その結果を招いてしまう自分が嫌なのだ。馬鹿みたいに、理想論紛いのものを持っているせいで。

「どこで間違ったのかなって。今回みたいに浮気されると気持ちが悪くなるの」

 きっと私が今までしてきた恋愛は恋愛ではないのだろう。私のなかで、こうあるべきだ、という考えに沿ったお付き合いができないとリセットしたくなってしまう。そうすると相手から別れを切り出されたり、浮気をされたり、関係はすぐに終わってしまう。
 私が甘えるということを覚えればいいのだろう。結論は前からなんとなく導いていた。しかしそれをしないのは、そうする必要性を見出だせなかったからで。言ってしまえば、付き合うなんてしなければよかったのだ。

「人として、ちゃんと好きになるんだよ。でもなんでだろうね。何かが違うんだよなぁって思うの」

 玲央はベッドに腕を付いて、下から私を覗き込むように見上げた。いつもと逆転した互いの位置に違和感を覚える間もなく、玲央の手が私の髪を一筋掬った。少し心臓が痛いのは、何故だろう。

「私なら、あんたと一緒に幸せになれると思うけど、どうかしら」

 この人は何を言い出したのだ。長い睫毛に縁取られた綺麗な瞳が真っ直ぐ見詰めてくるせいで、それを冗談だと取ることが難しい。距離を取ろうとする前に空いている手で手首を掴まれてしまった。髪に触れていた手が徐々に髪に差し込まれ、捕らわれたような気分になる。

「それ、まるでプロポーズみたい」
「当たり前じゃない。そんな未来を夢見ながら、付き合いたいと思ってるんだから」

 嘘だと笑い飛ばすには玲央の瞳が真剣で、その距離は近すぎた。私の心臓はしつこいくらいに身体中に血液を送り出している。
 こんな感覚はいつぶりだろうか。キラキラして、ふわふわした、自分の心がどこか遠くへ行ってしまいそうになるほど誰かに夢中になる感覚。
 その誰かが玲央になるだなんて、私は最高についている女なのかもしれない。彼氏といる時よりも、玲央といる時の方がずっと楽しいと感じてばかりだったのだから。

「私は上手く人に頼れないから、玲央に嫌な思いさせちゃうかもしれないよ?」

 素直に頷けばいいというのに、適当な言葉を並べて目的のない時間稼ぎをする。
 玲央の額がこつん、と私の額と重なった。

「そんな名前を好きになったわけだし、頼れるようにしてあげるわよ」

 近すぎてよくわからないけれど、恐らく下にある玲央の顔は笑っているだろう。自信に溢れた表情をしているに違いない。

「はは、男前だね、玲央は」
「今さらね」

 嬉しさを堪えきれずに思わず笑うと、玲央は「その顔、可愛くて好きよ」と呟いて、唇を合わせてきた。まったく、まだ返事をしていないのに。せっかちな人だ。

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