欠席理由
襖を開けて、あるじは「あれ?」と声を上げた。中に居たにっかり青江が、「どうかした?」と声を掛ける。
あるじは、ひいふうみ、と、部屋の中に居る人数を数えた。五人。どう考えても、一人、足りない。
「あの……大倶利伽羅さんは?」
これから、次の戦の軍事会議を開くところだった。刀剣たちにはあらかじめ予定を知らせてあって、部屋には既に、第一部隊の面々が全員そろっている……筈だった。
しかし、部屋の中をいくら見渡しても、大倶利伽羅の姿が見えない。あるじが困り果てていると、にっかり青江は「さあ……」と言って、隣に座る鶴丸国永の方を見た。
「何か知ってる?」
「ああ、まあな」
「えっ、何かあったんですか!?」
こともなげに答える鶴丸に、あるじは慌てて声を掛けた。何か、トラブルでもあったのだろうか。それとも、自分が何かしてしまったのだろうか。
あるじが驚いたような声を上げたのが気に入ったのか、鶴丸は小さく笑う。そして、そのままの調子で口を開いた。
「別に、何もないぜ。俺が知ってるのは、あいつの居場所だ」
「ええっ、だったら教えて下さいよ」
「うーん……しかしまあ、その内来るんじゃないか?」
のらりくらりとした態度の鶴丸に、あるじは困ったように眉を下げた。こういう時、自分は審神者として力量不足なのではないかとつくづく思う。代々続く審神者の家で、現代では一番の能力者だと言われてこの時代に送り込まれたが、正直なところ、自信などなかった。
しゅんとしてしまったあるじに、鶴丸は苦笑して、「冗談、冗談だよ。驚くのはいいが落ち込まないでくれ」と声を掛けた。あるじがそっと顔を上げると、鶴丸はその表情のまま、やっと、大倶利伽羅の居所を教えた。
「あいつなら厩に居たよ。馬当番の内番任せたの、君だろ?」
「あ、はい、確かに……」
でも、と続けそうになって、あるじはそれを押しとどめた。でも、軍事会議だって伝えてあったのに。そう続けるのは、自分の傲慢だ。元々、刀剣たちが自分の言うことを全て聞く義務など、無い。
「私、呼んできます。すみません、皆さん、ちょっとだけお待ちください」
ぺこりと頭を下げて、あるじは襖を閉め直すと出て行った。鶴丸がやれやれと思って座り直したところで、隣に座ったにっかり青江が、すっくと立ち上がった。
「ん? どうした?」
「ちょっと、覗きに行こうと思って」
にっかり……もとい、にっこりと笑って、にっかり青江はさらりとそれを口にした。そしてそのまま襖の方へ向かうので、鶴丸はにやっと笑って、同じように立ち上がった。
「俺も行こうかな」
「おや、趣味が合いますね」
「人生には驚きが必要なんだ」
意味の分かるような分からないようなことを言って、鶴丸はにっかり青江と共に部屋を出て行った。
それを見送った堀川国広は、「主さんも大変だなあ……」と言いながら、のんびりと茶を啜っていた。
厩の戸を開けると、草の匂いが鼻をついた。あるじがそっと中を窺い見ると、そこには、鶴丸の言っていた通り、大倶利伽羅が居た。無愛想な顔で、それでも静かな手つきで馬の背を撫でている。
この人、馬には優しいんだよなあ。あるじはそんなことを思いながら、「あの」と声を掛けた。大倶利伽羅は、ちらと視線をくれただけで、何も答えない。
「大倶利伽羅さん、軍事会議の時間なんですけど……」
「俺は出ない」
「いや、あの、主力のあなたが居ないと困るんですけど……」
困り果てながら、あるじは大倶利伽羅に説得をした。しかし、大倶利伽羅はつんと横を向いて、呼び声に応える気配はない。いつも、「俺は一人で戦う」などと言っている大倶利伽羅だ。軍事会議など必要ないと思っているのだろう。
あるじが「大倶利伽羅さん」ともう一度名前を呼ぶも、大倶利伽羅は小さく首を振って、また馬の手入れに戻ってしまった。どうしよう。このまま大倶利伽羅抜きで軍事会議を始めるのも何か違う気がする――あるじが厩の戸に手を添えたまましゅんと俯くと、追い打ちを掛けるように、大倶利伽羅が言い放った。
「フン……会議なんぞ、鶴丸国永にでも任せときゃいいだろ」
あいつも太刀だろう。そう言いたげな大倶利伽羅の声に、あるじはふと、思いつくことがあった。あれ、これってもしかして。そろりと顔を上げて、あるじは大倶利伽羅を見た。
「あのー……もしかして、最近鶴丸さんを部隊長にしてたの、気に食いません? ……焼き餅?」
「ああ……!?」
話が予想外の方向に飛んだらしく、大倶利伽羅は不服そうな声を上げてあるじを睨んだ。あ、やっと見てくれた。そう思うと少しだけ気が大きくなって、あるじはそろりと笑みを浮かべて、「違います?」と首を傾げた。
「なにがどうなったらそういう結論になるんだ、馬鹿か」
「違うんなら、会議来て下さいよ。来ないなら、焼き餅だってことで納得しておきます」
「……チッ」
暴論だ。大倶利伽羅はそう思ったが、「焼き餅」だなどとわけのわからない理由を付けられるのも気にくわない。
結局、大倶利伽羅は「少し待て」と言って馬の手入れを終えると、渋々厩の入口まで歩いてきた。その拗ねたような様子がおかしくて、あるじはぷっと笑う。
「……なにがおかしい」
「いえ、別に。じゃ、行きましょう」
言って、あるじは笑顔で会議室へと歩き出した。その後ろを、盛大にため息をついてから、大倶利伽羅がついてくる。
その後、ことの次第を聞いていたにっかり青江と鶴丸国永につかまり、「いやー、驚いたね、お前俺に焼き餅焼いてたのか!」などとからかわれたのは、まあ言わずもがなである。