ドアノブを回したところで違和感を覚えた。鍵が開いていた。中に入ると、声が聞こえてきた。あれ、おかしいな。俺は一人暮らしの筈だけど。
 というか、何で新聞が玄関にバラバラになって落ちているんだ。不思議に思いながら新聞を手に取った。その時無駄に高そうな靴がいくつも並んでいるのが視界に入り、俺は溜息を吐く。またあいつらかよ…。そう思いながら視線を落とす。星座占いが目に入った。乙女座は十二位。謂れのないことでいろんな人から文句を言われるでしょう。頑張ってください。ラッキーカラーは黒。ラッキーアイテムは隣人。おい、何だこの投げやり感は。頑張ってくださいじゃねえよ。てかアイテム隣人かよ。絶対嫌だよ、俺あの人苦手なんだってば。新聞を破り捨てたい衝動に駆られ、しかし俺はそれよりも最優先のことをしなければと顔を上げる。

「ねえねえ、僕、チョコクッキー持ってきたんだあ。食べてよー」
「何言ってるの美月。深は僕の高級チョコトリュフを一緒に食べるんだよ。そうでしょう、深?」
「テメエこそ何言ってやがる。そもそも深は俺のモンだ」
「あ、金嗣! やっと帰ってきたんだな! 遅いぞ! あ、でさっ、駅前にあるケーキ屋美味いんだよ。今度一緒行こうぜ!」

 食い違う会話。髪の色が見事にカラフルな男たちが一人の「少年」(ここ重要)を取り合いしている。しかし、その中心にいる少年は雑誌を広げながら、ふと顔を上げて俺に気づき、呑気に話しかけている。総勢五人、狭い四葉アパートがより一層狭くなっている。
 ていうか何だろうこの混沌空間。この部屋の主であり、今まさに帰ってきた貧乏人俺こと金子金嗣。雨にも風にもこの美形たちにも屈せず強く生きました。完。ってことにはなる筈もなく。俺は現実逃避するように遠くを見つめた。
 この部屋には美形とその他――この場合俺と深と呼ばれた奴である――が密集しているが、その中でも一番の美形であろう男が眉を顰め、こっちを睨むと忌々しげに口を開いた。

「またテメェか。いい加減深に付き纏うのを止めろ」

 お前、ここが俺の部屋って分かってる? つーか、俺まだ玄関なんですけど。靴履いたままなんですけど…というか、どうやって入ったよオイ。ほかにもツッコみたいところはあるけど――取り敢えず。

「年上の人には敬語を使…どあっ!?」
「金嗣くんこんにちは。ドアの前に突っ立つなんて駄目じゃないか。ドアが可哀相だろう?」

 俺の背中に謝罪の言葉もなく――その問題以前にドアの心配をしやがった、黒い笑みを浮かべる今話題の小説家(因みに専門ジャンルはなく、リクエストや自分の意思に沿って書くというスタイルをとっている)、阿久根正常さん。因みに隣人だ。二十代後半だというのに歳を感じさせない若々しい雰囲気、童顔な顔で高校生だと言っても頷ける。俺はこの人以上に綺麗な人に男にしろ女にしろ会ったことが無い。初めて会ったときは女かと思ったほどだ。周りに花でも飛んでいるような綺麗な笑顔を浮かべ、思いもよらない辛辣な言葉を吐く姿はさながら魔王だ。完全に余談だが、正常さんは完璧に名前負けしている。ていうか背中いてえよ。

「――で、金嗣くん、君の部屋はいつからムサイ男だらけの部屋になったんだい? 僕に何の断りも無く」

 何で正常さんの断りが必要なのかは敢えてツッコまないが、何故、こんなことになっているか。……事の始まりは先週である。



以下、人物紹介

金子 金嗣(かねこ かねつぐ)

金を愛する貧乏男。割と顔は整っているけど、目立たない。
バイトだらけの毎日。


阿久根 正常(あくね まさつね)

ペンネームは国 正常(おくに せいじょう)
美人だけど腹黒。最近は金嗣をからかうことを楽しみにしている。