有明が俺を嘲笑(わら)いながら見下ろす。俺の前にいるそいつは俺に問いかけた。顔は見えなかったが、曲がった体のシルエットや杖を見る限り、それなりに年老いた様子であることが窺えた。

「辛いかね」

 嗄れた声。小さなそれであったが、気味が悪い程静かなここによく浸透した。俺は間を空けずに首を縦に振る。少しの間があってそいつはゴソゴソと鞄を漁りだし、あるものを取り出した。何かは不自然に暗いせいで見えない。

「楽になりたいなら使えばいい」

 俺は手を伸ばした。届かない。

「喋れないのかね?」
「ぁ…、ぅ」

 絞り出した声は流石喋る機会がなかったせいで大変醜いものだった。自分でこんな声だったかと不思議に思うほどだ。
 「かわいそうに」そいつはそういったが、特に声に同情は籠もっていなかった。寧ろ全てを蔑んでいるように冷たい声音であった。
 今度は手を精一杯伸ばす。…次は届いた。がさりと手の中で音が鳴る。

「さあ、悦びの声を聞かせておくれ」

 それは甘い甘い毒だった。




 医療診療所に放り込まれて医者に聞いたところ、老人に貰った大量の薬、それは麻薬だったそうだ。なるほど。だからあんなに依存性があったのかと俺は存外冷静に事実を受け入れた。家族という括りには一応あの人は入るが、玩具のように扱われている状況下において、家族とは言い難い。
 俺は父の愛人の子で、望まれなくしてこの地に産み落とされた哀れな男――とでも言っておこうか。そんな俺の誕生を喜んでくれた人は一人だけいた。それはつまり俺の母だが、その母はというと姑や父の正妻による激しい虐めや脅しに耐えきれず自ら命を絶ってしまった。優しい母だったと思う。記憶が曖昧な小さい頃のことなのであまり明確に覚えてはいないが、母はいつも笑っていた。辛かったはずなのに…。
 仮にも父とは愛人関係にあるのだから、母が亡くなったとき、号泣はしないにしろ、死を悼んでくれるだろうと確信していた。しかし、彼は言ったのだ。「ああ、死んだのか」と。まるで家に迷い込んだ虫の死体を見るような目だった。実の母を虫のように扱われて怒らないはずがない。しかも、後で調べてみれば、あいつは虐めを黙認していたそうではないか。俺はそのことを知ったとき、自分の体温が急激に低くなっていったのを感じた。ああ、これが人間の本質かと。初めて、この世に絶望した。
 正妻と父の間には一人子供がいた。天使が舞い降りてきたのかと見紛うほど愛らしい少年だ。そいつとは同い年で、だからこそ正妻は俺が邪魔だったのだ。愛人の息子で、加えて顔は曇り空みたいにぱっとしない俺とは違い、正妻の息子で可愛らしく明るいそいつ。どちらが価値があるのかというのは愚問である。そいつは様々な人から愛され、甘やかされ、そのまま育っていった。つまりは自分が一番だと信じて疑わない自信がべたべたに蓄積され、我儘になったというわけだ。