僕は小さい頃、イジメに遭っていた。今考えたら可愛らしいイジメだったけど、その時の僕には酷く辛いものだった。イジメられた原因はなんてことない。僕の付き合いが悪いのと、チビだったからだ。付き合いが悪いというか、ただ単に人見知りだっただけなんだけど、奴らはそんな僕が気に入らなかったらしい。チビと言われたり変な渾名で呼ばれたり、僕だけ遊びの除け者にされたり。
 僕が運命の人に会ったのは――確か、太陽が燦々と照っている夏の某日だった。

「やーい、やーい! チビ! 短足!」

 ガキ大将を中心にして僕に投げられる暴言。僕はびえんびえんと泣くだけで、何も言い返すことができなかった。ガキ大将に無理矢理連れられてる弱気なあの子もその子も、申し訳そうな顔をしながら俯くだけだった。自分が標的にされるのが怖くてずっと黙っているのだ。なんで助けてくれないのかと恨んだ日もあった。でも、自分がそんな立場だったらと考えると責められない。僕だって、きっとそういう態度になる。
 ガキ大将は何も言い返さない僕に調子に乗り、声を大きくして言葉の暴力を叩きつける。何を思いついたのか、にやりと下卑た笑を浮かべながら口を開いた瞬間だった。

「お前なんか――」
「こらぁ! そこで何やってんだぁー!」

 ビクッと僕もガキ大将たちも体を揺らした。突然割って入ったその人物は、僕たちよりうんと背が高くてすらりとしていて――そして。

「う、うわああああ!?」

 生気の感じられない真っ白な顔にカッと開いた目。同じく大きく開かれた口からは鋭い牙がずらりと並んでいる。蟀谷には凛々しく反った角。彼は酷く恐ろしい顔でこっちを睨んだ。これには僕だけでなくさすがのガキ大将たちも震え上がる。彼の顔には立派な般若の仮面が付けられていた。その当時般若の仮面なんて見たことがなかった僕たちは鬼がやってきたのだと青ざめる。
 咄嗟に逃げようとしたけど、僕は足が遅かった。ガキ大将たちは叫び声を上げながら凄いスピードで走り去ってしまって、僕だけが取り残されてしまったのだ。彼は逃げていった奴らの背中に怒鳴り声を浴びせたが、追いかけることなく僕に向き合う。あまりの怖さに涙が溢れ出る。彼は泣きじゃくる僕の肩に手を置いて僕と目線を合わせると、優しい声で問いかけてきた。

「大丈夫?」

 食べられるに違いない。恐怖心で震えていた僕は、その言葉に目を丸くした。驚いて涙が止まって、彼がふ、と息を吐く。その時は分からなかったけど、あれは笑っていたんだろう。彼は優しく頭を撫でながら、もう一度大丈夫かと訊ねてきた。

「だ、だいじょーぶ…」
「そう、良かった。…君、名前は?」
「…おかーさんが、知らない人になまえおしえちゃいけないって」

 彼は一瞬黙り、くすくすと笑い出す。何故笑っているのかわからない僕は、きょとんとしたまま彼を見た。

「そっか、知らない人…ね。俺は般若ヒーロー。悪い奴は、俺がやっつけるよ」
「はんにゃ? ヒーロー? お兄ちゃん、ヒーローなの?」
「そうだよ、正義の味方さ」