ホワイトデー。バレンタインデーとは違い、俺にとってはどうでもいいイベントだ。だってお返しをする日だろ? 自分の菓子を他人にやるなんて嫌だ。よって、俺は基本的に貰ってもお返しなんてしねえ。俺が菓子嫌いだってのは皆知ってたから、今まで渡してきた奴らは特に何も言ってこなかった。菓子以外の物を渡しても良かったんだけど、それはそれで面倒だ。
 ……まあ、しかし、だ。俺は唸りながら手元の袋を見る。中に入っているのは甘い物嫌いな十夜の為にこの俺が態々作った、糖分控えめのクッキー。まあ、あれだ。十夜には世話になってるし? バレンタインの日チョコレートくれたし? ……仕方ねえから、やるってわけだ。仕方なくだ、仕方なく。
 自分に言い聞かせるようにぶつぶつ呟いていると、十夜が風呂から出てきた。今日は奴が泊まりに来ている。つーか、泊まりに来いってメールを送ったら何故か断ってきたから腹立って無理矢理連れてきた。勿論、周りには気を配ったが、これを他人に見られたら偉いことになってたな。一応生徒会と風紀しか入れないフロアだから見つかる可能性は低いが、それでも人がいることには変わりない。鉢合わせた時の為に資料を手にして部屋を訪れたが、誰にも会わなかったので安心した。特にあいつ、相楽に会わずに済んだことが堪らなく嬉しい。
 俺は濡れた髪をタオルで拭きながらソファに座る。俺はさっと袋をテーブルの下に隠した。……嫌がる十夜を部屋に連れ込んで彼此数時間。…俺は、この袋を渡せずにいる。人に何かをやるってのは得意じゃない。十夜にだって、今まで何かをプレゼントした記憶なんて殆どないに等しい。そんな俺が、素直に渡せると思うか? しかも、中身は俺が作ったものだが、クッキーだ。ほらやるよ、ってどうしても言えない。

「…駿?」
「…ぁ、あ? 何だ?」

 ずっと黙ったままでいる俺を不審に思ったのか、十夜が眉を顰めながら俺を見た。その瞬間心臓が跳ね、少し上擦った声が出てしまい、恥ずかしくて顔が赤くなった。

「いや、…お前、どうした? 熱でもあるのか?」
「べ、別にねえよ! …それより、お前こそ、何で俺の部屋に泊まんの嫌がったんだよ」
「そりゃお前が、…っ誰かに見られたらどうすんだよ」
 前半の部分が小さくてよく聞こえなかったが、まあ、つまり誰かに見られるかもしれなくて嫌だったんだな。スッキリしてふーんとだけ言葉を発すると、十夜が溜息を吐いた。

「でもま、見られなかったからいいじゃねえか」
「…お前って奴は」

 先程よりも深い溜息を吐いて、ソファにもたれ掛かる。……さて、どう切り出したらいいものか。早くしないと一日が終わってしまう。長期戦になるかもしんねえなと思って泊まりに来させたけど、はっきり言ってこんなに苦戦するとは思わなかった。

「だから何で黙るんだよ」

 ムッとする十夜の顔は、風呂上がりだからか、ほんのり赤く染まっている。流石王子様と呼ばれる男。どこか異国の王子のような気品溢れる容姿だ。…まあ、中身はただのオカンだけど。
 俺は何となく十夜の顔を眺めていて、言い知れぬ動悸が俺を襲った。苦しいけど、のたうち回る程ではないっつーか、ムズムズするっつーか。

「おい、駿?」

 あーウルセーウルセー!
 何故か赤くなる顔を隠すために俺はテーブルの下に置いていたクッキーの袋を掴み、勢い良く十夜に投げつけた。

「お…ぶっ!?」

 再度俺に呼びかけようとした瞬間顔に直撃。あ、これ絶対クッキー割れたわとぼんやり思った。…ってか、あっさり渡せてるじゃねえか俺。

「いきなりなにすんだ…って、何だこれ?」

 睨みつけようとして、膝の上に落ちた袋を不思議そうに見る。思い出したように鳴り出す俺の心臓。こ、これは別に…は、反応が気になるだけだし。

「今日、ほ、ホワイトデーだろ。だから仕方ねえからそれ、お前にやる!」

 何故噛んだよ俺。十夜は目をこれでもかというほど見開いて袋と俺の顔を交互に見る。

「あ、余ったから仕方なくだ! 勘違いすんじゃねえぞ!」
「余ったから…」

 ぽつりと呟いて、ハッと何かに気づいたような顔をして袋を開ける。ガサガサという音だけが部屋を支配する。何となく気まずくなって俺は自分の手をじっと見つめた。

「駿、これもしかして…お前の、手作りか?」

 ドキーン。
 漫画の効果音のような音が俺の心臓辺りで鳴った。十夜の言動にこんなに動揺するなんて…俺、馬鹿じゃねえの。自分が恥ずかしいわ。

「なあ、駿」
「う、ウルセーな! だったら何だってんだよ!」
「いや…」

 それだけ言うと黙ってしまう十夜。な、何なんだよ…。思わず顔を上げると、口元を覆って斜め下辺りに視線を落としてる。手から覗く頬は、先程より赤くなっているし、何より耳が真っ赤だ。こいつ、照れてやがる。いつもだったら揶揄うところだが、今日はどうも俺の調子がおかしい。感染したように俺の顔まで熱でもあるんじゃないかというほど熱くなるのだ。

「スゲェ嬉しい。有難うな、駿」

 親衛隊が見てたらキャアキャア言うだけでなく失神するではないかというくらい綺麗な笑みを俺に向ける。俺は堪らなく嬉しくなって、自分があげたのが甘い物だというのも忘れ、ただ喜びを噛み締めていた。

fin.

(それにしても割れすぎだし形歪だし…)
(ほっとけ。この俺が作ってやったんだから有り難く食えよ)
(ああ、そうだな。折角お前が俺の為だけに作ってくれたものだしな)
(そうそ…はっ!? べ、別にお前の為に作ったとか言ってねえだろ!)
(お前自分で作るの面倒だからとか言っていつも市販だろ。仮に自分で食べる用の余りだとしても、何で態々作ったんだ?)
(そ、それは…)
(それにお前は誰からもチョコレートを貰ってなかっただろ。返す相手は俺しかいな…)
(……ッ、そ、そうだよ! お前の為に作ったんだ! だからもう何も言うな!)
(ああ、分かった)
(生暖かい笑顔すんじゃねー!)


駿が素直じゃないせいで長くなりました。
でも書くのとても楽しかったです。