昔、ローマで、愛する人を故郷に残すと士気が下がるという理由で結婚を禁止された兵士を哀れに思ったウァレリアヌスが密かに結婚させたことで処刑された日である本日二月一四日、バレンタインデー。俺は、この日を待ちに待っていた……! チョコレートを山程貰えるこの日を! ここは紛れもなく男子校だが、同性愛の蔓延っているし親衛隊なるものまであるから、期待はできるだろう。男に好かれるなんてと思っていたが、この時ばかりは感謝だ。顔が良くて良かった、俺。
 そんなことを考えながらウキウキと下駄箱を開ける。開けた瞬間流れ落ちてきたプレゼントたち。うおおおおと叫ぶのを我慢して見たが、違和感を覚えて眉を顰める。……これ、どう見てもチョコじゃない。手紙ばっかりだ。…え、なんで? 皆バレンタインデーって何の日か知ってるよな? え、どういうことだ? 俺は別に手紙なんて欲しくないぞ…。
 もしかしたら机の方に置いてあるかもしれないと早足で教室に向かう。嫌な予感がするんだが…。まさかな、と思いながら挨拶をしてきた親衛隊どもを無視して教室に入った。俺の机の上には――やっぱり、チョコらしきものはない。そこで、ハッとあることに気づく。皆、俺がチョコレートを遣ったら嫌がると思って…? タラリと汗が流れる。これは、俺の為にしてくれたことだと思うが…はっきり言って、嫌がらせだろこれえええええ! 泣くぞ!? この日を楽しみに毎日を過ごしてきたっつーのによ!
 ……もういい、今日はサボろう。俺はチョコのいい香りがする教室にいたくなくて、着いたばかりの教室を後にした。



「何やってんだ、お前」
「……それはこっちの台詞だ」

 どうせなら仕事していようと思った俺は、生徒会室のドアを開けて目を丸くする。十夜がデスクで書類を整理していたのだ。

「偉く機嫌悪いじゃないか」
「…分かるか?」

 俺は一度生徒会室内を見回して、はあと溜息を吐く。十夜がこうやって喋っている時点で誰もいないことは分かっているが、念のため。

「今日はバレンタインだって燥いでたのにな」

 十夜が苦笑を浮かべる。俺はチッと舌打ちをして自分のデスクに座った。

「それが、聞いてくれよ! 俺宛のモン、全部手紙なわけ! チョコひとつもねえんだよ!」
「……そうじゃないかと思ってたよ」

 呆れ顔で見てくる十夜に言いたい。そう思ってたなら教えてくれよ、と。

「チョコ食いてえ…チョコ」

 デスクにべったりと片頬を付けてつぶつぶつ呟いていると、溜息が耳に入る。

「仕方ないな、…ほら」
「いでっ! なにすん……え?」

 デスクに付けていない方の頬に何かが落ちてきて、痛みに声が漏れた。文句を言おうと顔を上げた時に落ちてきたものを見て、目を見開く。

「ちょ、チョコ…!」
「た、偶々持ってたからな。それで我慢しろよ」

 どうやったら甘い物が嫌いな十夜が偶々チョコレートを持っていたのか少し気になったが、嬉しくてそんなことどうでもよくなった。

「サンキュー! 十夜」
「はいはい」

 また呆れたように溜息を吐く。さぞかし呆れた顔をしているんだろうなと思いながら早速チョコの封を開ける。
 一つ一つ味わって食べていた俺は知らなかった。呆れた風を装いながら、十夜が顔を真っ赤にしていたことを――。


fin.

十夜は前々から駿が欲しがってたチョコを密かに用意するくらい駿に甘いです。