どれくらい経っただろうか。職員室内の今月の行事が書かれた掲示板を眺めて暇を潰していた俺は、職員室のドアが開かれたことで、視線をそっちに向けた。
 ドアを開けた男――ヤのつく職業ですかと訊ねたくなる厳つい顔をしている――は職員室の雰囲気に一瞬顔を顰めた後、近くに立っている俺を目に留めた。金髪で短髪、眉間には深く刻まれた皺が目立つが、彫りが深く顔の整っている。

「……ん?」
「おはようございます」
「――ああ、おはよう」

 くいっと片眉を上げたかと思うと、暫し俺の顔を見つめる。そして僅かに目を見開き、俺に近づいてきた。

「もしかして、社か」

 もしかしてと言う割に、俺が社定春という人物だと確信しているように聞こえた。俺は鋭い視線を受けながら頷く。

「はい。――先生は、担任の柳原先生、で間違いありませんか?」
「ああ、間違いない。しっかし、こりゃ魂消た。随分変わったな。イメチェンか?」
「まあ、そんなものです」

 にやりと笑ってみせると、柳原の目が細くなる。眉間の皺が少し消えたなと観察していると、柳原は職員室の教師共を一瞥し、小さく舌打ちをする。

「……社、ちょっと待ってろ」
「はい」

 自分のデスクへと向かったと思われる柳原は、荷物を持って直ぐに戻ってきた。漸くこの空気の悪い場所を出られる。もう来たくねえ。
 行くぞ、と言う柳原に頷き、ガッシリした背中の後に続いた。振り返って見た職員室内の空気は、矢張り好きになれそうではなかった。




「あいつらから何も言われなかったか?」
「…まあ、特には」

 態度は悪かったけど。柳原は深い溜息を吐いて、小さく悪かったなと言う。俺は何のことを言っているのか分からず眉を顰める。そんな俺の顔をチラリと見て、柳原が苦笑する。

「待たせたことだ。実は朝から問題起こしやがった奴らがいてよ、ったく…。居心地悪かっただろ、あそこ」

 朝から問題を起こしたというのに心当たりが合ったが、態々言うほどのことではないだろうと思い、流した。

「そうですね」
「ハッキリ言うな」
 驚いたように目を丸くして、次いで目を細くする。目を細くしているのは笑っているのだろうか。先ほどと同じように眉間からは皺が消え、どこか雰囲気も柔らかい。――教師に見えないのは柳原もあのホスト野郎も同じだが、柳原の方が余程好感が持てる。校舎も違うことだし、あのホスト野郎とはもう関わることはねえだろう。

「本当のことですから。柳原先生は良く耐えられますね、あの空気に」
「慣れだ慣れ。まあ慣れたっつってもあんまり職員室にはいねえけどな」

 ふうんと声が漏れる。そういうことを気にしないような性格をしているかと思ったら、そうでもないらしい。

「そういえば、まだ名乗ってなかったな。柳原貴己だ。今日からお前の担任となる。宜しくな」
「社定春です。お世話になります」
「おう。まあ問題児ばっかのクラスだが、皆が皆根っこから悪い奴じゃねえ。…あー…、一応訊くがお前、喧嘩は?」
「生まれてこの方一度も」

 ニッと笑って親指を立てると、目を数回瞬いて、柳原は呆れたように溜息を吐いた。

「……何でそんなに笑顔なんだよ、お前…」
「何とかなります」

 にやりと口角を上げると、柳原は噴き出した。

「そうか、何とかなるか。…気に入ったぜ、社」
「それはどうも」

 俺も中々気に入ったぞ、柳原センセイ?