やばい、と感じた時には力が抜け、皿がシンクへと落ちていた。割れる音が響き、ハッと我に返る。破片が飛んで来て指に痛みが走った。赤い血が滴る。自分の血を見るのはあの日以来だ。落とされたあの日に出した血以来――。呆然と血を見ていると突然体の力が抜け、勢いよく尻餅を付いた。

「お、おい!」

 吉貴の慌てた声と共にこちらへ向かってくる姿がボヤけてぐるぐる回る視界の中見えた。

「ひ、っ……!」

 俺は突然吉貴が恐ろしくなって後退る。手が痛い。どくどくと指先に心臓ができたように脈打ちが激しくなり、同時に頭にもガンガンと痛みが俺を襲った。
 意識がどんどんと遠くなり、俺は静かに目を閉じた。




(side:由眞)

 俺が作った食事を、奴は食べた。俺と同じく人嫌いだと聞いていたから、食べることはないだろうと踏んでいたが、食欲には負けたらしい。俺は少し安堵して呟いた。「食べたのか」と。
 テーブルを見ていたら突然陶器の割れる音がし、俺は驚いてそっちを見る。すると真っ青な顔をした京嶋。皿洗いをしていたみたいだから、落としたんだろう。――何故? 原因は、もしかして俺が言ったあの一言なんだろうか。俺が作った物と認識して食べたわけではないらしい。
 次はどさりと音がした。ハッとして見ると、視界から消えている。――倒れた、のか?
 俺はぎゅっと心臓を掴まれる思いがして、慌てて近寄る。虚ろな目が俺を捉えた瞬間、目を見開いて体が震え始めた。ずりずりと後退る様子を見て、俺はどうしたらいのだろうと考えた。俺だって人が嫌いだ。金持ちはもっと嫌いだ。つまりこいつのことは大嫌いということになる。関わりたくない。触りたくない。でも、だからって放っていいわけじゃないことは分かる。
 モヤモヤとして顔を顰める。京嶋の様子を窺うとピクリとも動いていなかった。顔も真っ青だ。俺は少し迷った後、京嶋に近づく。触ろうと手を伸ばすと、自分の腕に鳥肌が立っているのが見えた。ぐっと手を握り、一度深呼吸すると京嶋を抱える。俺と同じような体格なので、凄く重たい。こんなことをしないといけなくなるなら、食事なんて作らなければ良かった。それに、あそこのゴミ捨て場で倒れなければ――。こいつと会うことなんてなかったのに。
 俺は自嘲気味に笑うと、京嶋の部屋へと足を向けた。