俺はこいつのことを知らない。しかし、小学校と中学校が同じということは――、俺の噂も、俺が虐められていたことも知っている、ということになる。俺の苗字を言ったのも、確信があるからに違いない。
 悪い予想に青くなる。すると、男が目を細くした。 

「改めて、戸次慶一っす」

 ――聞いたことのない名前だ。青い顔のまま考え込むと、後ろから日向野の声がした。

「おい、栗原? 何でこんなところで止まって――…あ? お前…」
「ああ、赤い破壊魔さん」
「その名前を言うんじゃねぇっつってんだろ!」
「はいはーい。あ、思い出せませんでしたー? 俺のこと、アンタ知らないでしょ」
「…知らない」

 ニヤニヤとした表情に耐え切れず、視線を下げる。俺の顔を覗き込んだ日向野が、驚いたように目を見開く。

「お前、顔青いぞ」

 まさか俺の心配でもしてくれているのか、と思うニュアンスだったが、俺は返事を返さずに早足で戸次の横を通り抜ける。――いや、正しくは、通り抜けようとした。

「俺はねー、アンタを追って来たんっすよ」

 逃がさないとばかりに、俺の手首をガッシリ掴んだ男は、予想外の言葉を口にした。

「俺を…?」

 それは、一体どういう意味でだろうか。俺なんかを追ってくるのは、日向野のような物好きだけだ。ただ、それは俺に一度でも勝ちたいからで、それ以上のものはないだろう。話したこともない戸次は、何の目的で俺を…? 疑問が頭の中でぐるぐると渦巻く。

「…やっぱり、アンタはその姿の方がいーっすね。単刀直入に言います。俺はアンタに憧れてる」
「はあ?」

 思わず、いつもより大きな声で素っ頓狂な声を上げて、戸次を見つめた。憧れとか、この姿がいいなんて初めて言われたことだ。慣れない言葉に、顔が熱くなる。
 そんな俺を、睨むように見ている日向野が、舌打ちをした。

「つーか、お前さっきこいつを狩るのは俺だとか何とか言ってたじゃねえか。それが憧れてる奴に対しての言葉かよ?」

 狩る!?
 嫌な表現に戸次を見ると、奴は苦笑した。